聖火の力
投稿者: qxpyg400 投稿日時: 2008/04/27 02:10 投稿番号: [161080 / 196466]
近代オリンピック開催も100回目を向かえ、発祥の地にもどった記念大会として
行なわれた世界縦断の聖火リレーは、平和の祭典としてのオリンピックの意義を
見事なまでに演出して見せた。これはギリシャという国であるがゆえの言わば特例的措置であってIOCの粋なはからいであった。
21世紀を迎え高度成長著しい中国はその持てる国力に自信を深め、世界にアピールすべくオリンピック招致に政治力を傾注し、
みごとこれに成功した。
そしてさらに世界各国に国家の威信を印象付けるべく特例措置であった世界縦断
聖火リレーをIOCに申し入れこれも承認させる事に成功したのである。
しかし中国共産党政権の思惑通りに事が進んだのはここまでであった。
順風満帆で走り出したはずのオリンピックは思わぬところでつまずいてしまう。
民主主義国家に比べて一党独裁の強行政権は、オリンピック開催に必要な様々な
施設を半ば強引な手法で整備することができる、これは国家としての強みである。
つまりハード面では有利にはたらく事は間違いなく、時間的制約がある場合
国家にとってはある意味理想的なのかもしれない。
しかし問題はソフトである。民主主義という極めて曖昧な思想はその性質上、人々
に理解され納得を得るためにはそれなりの時間と労力が必要とされる。
ところが十数億の人口を抱える中国政府が民主主義に移行したならどうなるであろうか。国民の利害は止め処も無く拡大し、対立しまったく収拾がつかなくなるのは
火を見るより明らかであろう。一党独裁国家にしてこの現状なのだから押して
知るべしではなかろうか。
中国政府は過去にチベット弾圧という大きな過ちを犯した。いくら力でねじ伏せ
ようとも絶対消える事のない民俗の自由を渇望する心の炎は、オリンピックという
華やかな祭典の場を利用して、世界にその存在感をアピールしようとする
独裁政権の野望を前にして再び大きく燃え上がってしまったのである。
中国政府のスポークスウーマンは言う、『政治とスポーツの祭典は切り離すべき
事柄である』と。確かにその通りである、異議はない。
だが本当にそのようなたてまえを口にできるほどご立派なことが言えるのかと
問うてみたくなる。
何故なら、多くのチベット人の人権を踏みにじっておきながら何食わぬ顔で
国家の威信を世界に示すべくスポーツを政治利用しているのは他ならぬ
中国政府そのものではなかろうか。
つまらぬ野望を充たしたいがために、聖火の世界縦断などという特例措置を
無理矢理強行した事で、人権蹂躪という負の施策を見事に炙りだされてしまったのは、とんだ誤算であったのかも知れない。
行なわれた世界縦断の聖火リレーは、平和の祭典としてのオリンピックの意義を
見事なまでに演出して見せた。これはギリシャという国であるがゆえの言わば特例的措置であってIOCの粋なはからいであった。
21世紀を迎え高度成長著しい中国はその持てる国力に自信を深め、世界にアピールすべくオリンピック招致に政治力を傾注し、
みごとこれに成功した。
そしてさらに世界各国に国家の威信を印象付けるべく特例措置であった世界縦断
聖火リレーをIOCに申し入れこれも承認させる事に成功したのである。
しかし中国共産党政権の思惑通りに事が進んだのはここまでであった。
順風満帆で走り出したはずのオリンピックは思わぬところでつまずいてしまう。
民主主義国家に比べて一党独裁の強行政権は、オリンピック開催に必要な様々な
施設を半ば強引な手法で整備することができる、これは国家としての強みである。
つまりハード面では有利にはたらく事は間違いなく、時間的制約がある場合
国家にとってはある意味理想的なのかもしれない。
しかし問題はソフトである。民主主義という極めて曖昧な思想はその性質上、人々
に理解され納得を得るためにはそれなりの時間と労力が必要とされる。
ところが十数億の人口を抱える中国政府が民主主義に移行したならどうなるであろうか。国民の利害は止め処も無く拡大し、対立しまったく収拾がつかなくなるのは
火を見るより明らかであろう。一党独裁国家にしてこの現状なのだから押して
知るべしではなかろうか。
中国政府は過去にチベット弾圧という大きな過ちを犯した。いくら力でねじ伏せ
ようとも絶対消える事のない民俗の自由を渇望する心の炎は、オリンピックという
華やかな祭典の場を利用して、世界にその存在感をアピールしようとする
独裁政権の野望を前にして再び大きく燃え上がってしまったのである。
中国政府のスポークスウーマンは言う、『政治とスポーツの祭典は切り離すべき
事柄である』と。確かにその通りである、異議はない。
だが本当にそのようなたてまえを口にできるほどご立派なことが言えるのかと
問うてみたくなる。
何故なら、多くのチベット人の人権を踏みにじっておきながら何食わぬ顔で
国家の威信を世界に示すべくスポーツを政治利用しているのは他ならぬ
中国政府そのものではなかろうか。
つまらぬ野望を充たしたいがために、聖火の世界縦断などという特例措置を
無理矢理強行した事で、人権蹂躪という負の施策を見事に炙りだされてしまったのは、とんだ誤算であったのかも知れない。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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