マッカーサーからの贈り物でしょ・・
投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2008/04/07 13:04 投稿番号: [159320 / 196466]
circinus48君のお言葉・・159104
>そのような、恵まれた人権国家にありながら、虐殺や人権蹂躙国家である中国を擁護する発言でさえ、言論の自由で、君自身が何の制約も受けることのない国に感謝しないとは、そのほうがよほど理解できんよ。<
珍しいぐらいの典型的な悪文だから、意味がつかめない。
従って、私のレスも的外(まとはず)れかも知れない。
この人の決定的な間違いは・・・人権などの権利は、お上(かみ)が恵みたもう恩恵だと思っていること。
正しくは自由とか人権とかは、「権利」なのだ。しかも、それは与えられるものではなく、かち取って初めてつかむことのできる「権利」なのだ。
私の言う逆説をよ〜く理解してほしいが、
言論の自由とか表現の自由とか、そんな自由は100%の自由の中で満喫できるものではない。
真の自由は、不自由の中にあって初めて意識され、求められるのだ。
例えば、このトピをご覧なさい。
確かに言論は自由なのだが、その自由の放埓(ほうらつ)によってクズ投稿があふれ出し、クズ投稿の山に埋もれて言論はたちまち不自由になるのだ。
自由も権利も民主主義も素晴らしいには違いないが、単純にそれを賞賛するのは子供の発想だ。
自由を求めるなら、同時に不自由を意識して自由を縛らねばならない。
権利を求めるのなら、同時に権利の濫用(らんよう)を抑えなければならない。
ホタルの微(かす)かな光が美しく目立つのは、その光が周囲の圧倒的な漆黒の闇の中を漂うからなのだ。
自由とか人権は、ホタルの光みたいなもので、不自由や人権蹂躪(じゅうりん)の闇の中にあればこそ輝いて、大事なものに思えてくるのだ。
自由も人権も民主主義も天地と共に初めからあったのではないだろう。
長い歳月を闘って、一つ一つかち取って来たものだと云うこと、知っておかねばならない。
中国の人権もそうだ。人民が血と汗を流してかち取らなければ誰も与えてはくれない。
そんなもの恩恵ではないんだから、政府が「はい、どーぞ」と言ってくれるはずがないだろう。
そんなこと、ごちゃごちゃ言うまでもない。
確かに腹立たしく、「けしからん」けど、どこの国でもそれが普通だ。
日本でも「靖国」の映画が上映できなくなり、表現の自由も言論の自由も危ういものだが、上映に反対する連中もまた「反対する自由と権利」を誇示しながら反対・阻止するのだ。
つまり・・だ
本当の意味での表現の自由、言論の自由を貫くためには
「反対する自由と権利」を強権によって徹底的に弾圧し、封殺せねばなるまい。
このトピの言論の自由を守るためには、その反面において徹底的に低レベルのクズ投稿を排除し、クズ投稿の投稿の権利を剥奪せねばならないのだ。
自由とは不自由の中に存在し。権利はその蹂躪の中から生まれてくるのだ。
中国は自由がなく、権利もなく、民主主義でもない。
全てを自由にしたなら、社会はたちまち暴走して大混乱に陥るだろう。
欲望に歯止めをかけねばならないから弾圧もあるし強制もある。
だが、その中から人権も民主主義も次第に芽生えてゆくのだ。
日本の人権、民主主義なんかは日本人がかち取ったものではない。
戦争に負けて日本がペシャンコ状態の時期に、アメリカ占領軍、マッカーサー元帥様が与えてくださった恩恵に他ならないから、日本人はその有り難味を正しく理解しておらない。
日本の自由とか人権とか民主主義とか、それを偉そうにひけらかしてくれるが、それらは全部、マッカーサーからの贈り物でしょ。
マッカーサーに感謝しなさい。・・・
>そのような、恵まれた人権国家にありながら、虐殺や人権蹂躙国家である中国を擁護する発言でさえ、言論の自由で、君自身が何の制約も受けることのない国に感謝しないとは、そのほうがよほど理解できんよ。<
珍しいぐらいの典型的な悪文だから、意味がつかめない。
従って、私のレスも的外(まとはず)れかも知れない。
この人の決定的な間違いは・・・人権などの権利は、お上(かみ)が恵みたもう恩恵だと思っていること。
正しくは自由とか人権とかは、「権利」なのだ。しかも、それは与えられるものではなく、かち取って初めてつかむことのできる「権利」なのだ。
私の言う逆説をよ〜く理解してほしいが、
言論の自由とか表現の自由とか、そんな自由は100%の自由の中で満喫できるものではない。
真の自由は、不自由の中にあって初めて意識され、求められるのだ。
例えば、このトピをご覧なさい。
確かに言論は自由なのだが、その自由の放埓(ほうらつ)によってクズ投稿があふれ出し、クズ投稿の山に埋もれて言論はたちまち不自由になるのだ。
自由も権利も民主主義も素晴らしいには違いないが、単純にそれを賞賛するのは子供の発想だ。
自由を求めるなら、同時に不自由を意識して自由を縛らねばならない。
権利を求めるのなら、同時に権利の濫用(らんよう)を抑えなければならない。
ホタルの微(かす)かな光が美しく目立つのは、その光が周囲の圧倒的な漆黒の闇の中を漂うからなのだ。
自由とか人権は、ホタルの光みたいなもので、不自由や人権蹂躪(じゅうりん)の闇の中にあればこそ輝いて、大事なものに思えてくるのだ。
自由も人権も民主主義も天地と共に初めからあったのではないだろう。
長い歳月を闘って、一つ一つかち取って来たものだと云うこと、知っておかねばならない。
中国の人権もそうだ。人民が血と汗を流してかち取らなければ誰も与えてはくれない。
そんなもの恩恵ではないんだから、政府が「はい、どーぞ」と言ってくれるはずがないだろう。
そんなこと、ごちゃごちゃ言うまでもない。
確かに腹立たしく、「けしからん」けど、どこの国でもそれが普通だ。
日本でも「靖国」の映画が上映できなくなり、表現の自由も言論の自由も危ういものだが、上映に反対する連中もまた「反対する自由と権利」を誇示しながら反対・阻止するのだ。
つまり・・だ
本当の意味での表現の自由、言論の自由を貫くためには
「反対する自由と権利」を強権によって徹底的に弾圧し、封殺せねばなるまい。
このトピの言論の自由を守るためには、その反面において徹底的に低レベルのクズ投稿を排除し、クズ投稿の投稿の権利を剥奪せねばならないのだ。
自由とは不自由の中に存在し。権利はその蹂躪の中から生まれてくるのだ。
中国は自由がなく、権利もなく、民主主義でもない。
全てを自由にしたなら、社会はたちまち暴走して大混乱に陥るだろう。
欲望に歯止めをかけねばならないから弾圧もあるし強制もある。
だが、その中から人権も民主主義も次第に芽生えてゆくのだ。
日本の人権、民主主義なんかは日本人がかち取ったものではない。
戦争に負けて日本がペシャンコ状態の時期に、アメリカ占領軍、マッカーサー元帥様が与えてくださった恩恵に他ならないから、日本人はその有り難味を正しく理解しておらない。
日本の自由とか人権とか民主主義とか、それを偉そうにひけらかしてくれるが、それらは全部、マッカーサーからの贈り物でしょ。
マッカーサーに感謝しなさい。・・・
これは メッセージ 159104 (circinus48 さん)への返信です.
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