古代文明の興亡と日本
投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n_d 投稿日時: 2008/04/07 10:18 投稿番号: [159297 / 196466]
>平安初期は、「戦乱の大陸から追われた滅亡王朝王族」が日本に帰化し名を与えられて「日本人として根付いた」時代ですから、それはチャイニーズがやる「パクリ」とは根本的に違います。
これは「(滅亡)文明」の移設です。
そして日本は「大陸の古代文明」が詰め込まれ「今も生きづいているタイムカプセル」でもあることを認識すべきです。(大陸にはチャイニーズが滅ぼしたその廃墟しか残っていません)
そして、それを可能にしたものこそ「天皇」すなわち「天帝の末裔」の存在だと考えられます。
唐代でも「遣唐使」より「遣日使」の方が数倍も多かったことが分かってきていますhttp://pub.ne.jp/9kaeru/?entry_id=662978
一方、チャイニーズは「新幹線技術」でさえ「我々の独自の技術だ」と言ってのける「盗人猛々しい厚顔さ」をもっています。
また上海などは巨大なビル群に囲まれた大都市ですが、それらの技術はいずれも欧米や日本などの建設会社やコンサルからもたらされたものです。
「文化文明の志向性」からみても、チャイニーズは
1)いかに他者のもつ技術や資産を我が物顔で利用するか
2)(偽卵など)いかに相手をだまして自分の利益につなげるか
という2点においては長けていますが、
「地道で知的な自然科学や本物の素材にこだわった技術開発」にはさっぱり興味がありません。
それは今に始まったわけではなく「数千年前から変わっていない」ことを認識すべきです。
(そんな「困った周辺国をおせっかいに面倒をみようとしてしまう」日本も昔から変わってませんが)
これは メッセージ 159293 (n_o_i_s_e_m_a_n_d さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/159297.html