日中関係

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

胡錦涛によるチベット人120万人大虐殺

投稿者: piece_of_knowledge 投稿日時: 2008/03/22 15:58 投稿番号: [157731 / 196466]
胡錦涛によるチベット人120万人大虐殺

【社会】中国当局による一連のチベット弾圧による犠牲者数は120万人にのぼると言われる

中国が国威発揚の絶好の機会ととらえる北京五輪まで4カ月余という
この時期に、チベットで衝撃的な騒乱が発生、中国当局の無慈悲な制圧に
対して、世界的な怒りが集まっている。
(中略)
当時、中国語を学ぶ学生だった私は、北京放送が「(チベットを所管する)
譚冠三将軍が道中のダライ・ラマと友好的に書簡を交わしている。
彼は亡命したのではなく、帝国主義者とチベットの反動分子に拉致されたのだ」
などと虚偽の放送を盛んに流していたのを覚えている。

チベットではその後も反乱が続き、87年の秋と88年の春にも
ラマ僧による蜂起があった。続く89年1月には、ダライ・ラマに代えて
中国当局が擁立したパンチェン・ラマ10世が謎の急死を遂げている。
「チベット動乱」から30年となるこの年、パンチェン・ラマの急死が
引き金となる形でまたも大暴動が起き、同3月、中国史上初めての戒厳令が
チベット自治区に敷かれた。

当時の同自治区の最高責任者が今日の胡錦濤国家主席であり、胡錦濤は
チベットで徹底的な弾圧を行った功績を買われて
当時の最高権力者トウ小平により中央に呼び戻された指導者である。
その後、中国当局はチベットに懐柔策をとるようになる。
89年12月、 ダライ・ラマにノーベル平和賞が授与されたのがきっかけである。

北京政府は「西部大開発」を掲げてチベットの観光振興に乗り出し、
2006年7月には青蔵鉄道も開通したが、依然としてラマ教の布教を
許可せず、政治犯も釈放していない。そうした状況下で、96年5月にも
大きな反乱と中国当局による弾圧があった。

こうして抑圧→反乱→鎮圧という不幸な歴史が繰り返されてきたチベットでは、 中国当局による一連の弾圧によって出た犠牲者の数が、120万人を 超えるとさえ言われている。これは全チベット人口の5分の1以上に
当たっている。その上に今回の暴動が再発したのである。
(後略)
*+*+ 産経ニュース 2008/03/20[03:34] +*+*
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080320/plc0803200335002-n1.htm
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)