日中関係

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チベット同様の満州

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n_d 投稿日時: 2008/03/20 22:55 投稿番号: [157505 / 196466]
>満州国が日本の侵略より作られた傀儡国家。種を蒔いたのが日本だ。

日本政府が「種」をまいてしまったのは事実です。

幣原喜重郎はチャイナ相手に平和外交で日本軍が満州で武力行為することを厳しき制限しました。
するとどうなったでしょう?

日本軍が満州で攻撃できないと知ったチャイナは数千万人の棄民を満州に送り込みました。

もちろんチャイナ政府は資金も食料も与えておらず、「満州人や日本人居留民を騙し脅し殺し」て「土地も資産も奪い取れ」という意味です。

「日本の通商路と居留民を守る」ために駐留しているはずの「日本軍」が両手両足を縛られているのを知るチャイニーズたちは、日本人居留民を次々「暴行、殺人、レイプ」し家屋に放火したり強奪したりしていきました。

日本はもう少しで「満州そのものから追い払われ」、日清戦争日露戦争を戦い抜き国際的に正当に手にした「日本の命綱である通商路」を失う寸前まで追い詰められましたが、「満州事変」が起きたことでかろうじて守ることができました。

しかし「リットン調査団」が満州に行ってみると(チベットと同じ手口で)人口の過半数はすでにチャイニーズが占めていました。

そして(やはりチベットと同様)「満州人を脅して口を封じ」て「自分たちが棄民である」ことを隠すだけでなく「彼らは代々の先住者」と嘘を言わせ「日本人は出て行け」と口々に叫ばせていました。
(実際には清朝時代には「チャイニーズは満州に立ち入ること自体を禁じられ」ていましたから「満州に先住チャイ二ーズなどいない」のは明白です。)

要するに、日清戦争日露戦争を勝ち抜き国際的に正当に手にした「日本の命綱である通商路」を、「日本政府のお花畑の政治家」が「種をまいた」ために失ってしまうところだったのです。

そして「日本軍がその泥を被ることで食い止めた」わけで、日本軍内に「政治家に任せては日本が滅びる」という流れがこのときできたと言えます。
(「その結果が現在の状況」と言うことです)

幣原外交の何が間違っていたかと言えば、日本が「共存共栄」という文化を持つのに対し、チャイナには「弱肉強食」の文化しかないことを理解していなかった点にあります。

日本がどれほど「譲歩」してもそれは「共存共栄のサイン」ではなく「弱者が肉を差し出した」としかチャイナは見なさず、「一口食えば全部食い尽くそうとする」だけだということです

それは「現在の外交」においても「何一つ変わって」いません。
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