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チベットでの毒餃子主席の業績

投稿者: asahiga2423 投稿日時: 2008/03/17 20:01 投稿番号: [156879 / 196466]
朝鮮日報の記事ですが、日本の新聞より詳しいので、参考まで。
なお、URLを貼り付けると投稿拒否されるので、朝鮮日報(日本語)のHPで探して下さい。

他にも関連記事があるので、読んで下さい。

【チベット暴動:頭を抱える胡錦濤主席】

  1989年にチベットで起きた大規模な反政府暴動を鎮圧したことで出世した胡錦濤国家主席は、チベット人の目に「強硬な人物」として映っている。その胡主席が今度は国家の最高指導者として今回の暴動に直面し、頭を抱えている。


  胡主席は89年3月にラサで起きた流血デモを鎮圧した功績で、中央の政治局常務委員に抜てきされ、最高指導者にまで登りつめた。胡主席は15日、政権2期目に国家主席と中央軍事委員会主席に再選されたが、チベットでは同時に19年ぶりに流血事態が起きた。胡主席はチベットと切っても切れない「悪縁」で結ばれているようだ。


  胡主席がチベット自治区の共産党委書記を務めたのは88年12月から92年10月まで。胡氏をチベットに送ったのは当時の趙紫陽総書記(2005年に死去)だった。


  胡氏は89年3月に発生した大規模暴動で鉄かぶとを被り、戒厳部隊の兵士とラサ市内を視察する様子がチベット自治区で発行されている新聞「西蔵日報」に載り、当時の実力者トウ小平氏から高い評価を受け、権力中枢への階段を駆け上がった。このため、胡氏はチベット人にとってデモを実力で鎮圧した人物として記憶されている。



  胡氏の前任の同自治区党委書記8人はいずれも軍出身で、趙紫陽総書記はチベットに対する融和政策を取るため、初めて軍出身ではない胡氏を自治区のトップに据えた。しかし、胡氏はラサの伝統的な宗教行事の最終日に起きた独立要求デモに戒厳令で臨んだ。当時、戒厳令は78年の改革開放開始以降、中国で初めて敷かれたものだった。胡氏はその後、チベットで硬軟織り交ぜた政策を取ったが、チベット人には「強硬」なイメージが焼き付いた。


朴勝俊(パク・スンジュン)北京支局長

朝鮮日報/朝鮮日報JNS


日本の全国紙もこのレベルの記事を書いてほしい。自主規制しているのかな?
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