固有名詞で考える
投稿者: harunatu17 投稿日時: 2001/02/20 01:01 投稿番号: [15598 / 196466]
>話は変わりますが、日本政府も過去と決別したら決別したで、過去に行った全ての資料を公開して、石川五右衛門のようにスカッと出来ないものでしょうか?/
い、いしかわごえもん(?!)、Yellowさん、ここで石川五右衛門は変なんじゃあ。スカッと釜茹でになってもなあ(笑)
それはともかく、資料の調査・公開を自分の手で行うというのはとても重要ですね。
でも、やはり前のレスからの当事者意識を持っていることが基礎に無いとだめなんですね。それこそYellowさんの言葉を借りたなら、”評論”のための材料とするのでは、だいぶ意味が無い。
先の戦争は誤りだったという認識と、当事者意識についてまだうまくまとまらない。でも、それとも関連して、ちょっとずれるが、書いてみます。
よく”普通の国”といいますよね。それが普通の国家というものだとか、日本もそろそろ普通の国になろうとか言ったりする。”普通の国なら国旗に敬意を払うもの””自国の益をまず考えて行動するのが通常の国というものだろう”のように使われたりもする。そういう視点も必要ではあると思っているし、個々で見るとそのとおりなことは多い。でも、そういうモデルケースの研究が当事者意識、あるいは我が国としてはどうすべきかということを見失わせてしまうところがあるのかもしれない。
たとえば、近代に入った時も、日本は国と国との関係というものを必死に研究したといえる。そして時代は帝国主義まっさかり。”戦争に勝てば、お金や領土を貰う、それが国家間の通常の関係というものだ”という感じでしょうか。世界を見て、そこにある関係を参考にするというのは確かにひとつの有用な視点だけど、ここにもう一つ当事者として、あるいは自分自身の視点というのがあればよかった。つまり、”日本”と”中国”という固有名詞で考える部分が。世界では今こうなんだけど、我々の関係というものはどうなのか、今までを思い、これからはどうしていきたいのかという主体的な考察があれば、近代の入り口から列強の真似事をする以外のやり方もありえたろうか。
うちの国はそういうの苦手なのかな。前、NHKでやってた歴史もので、古代だったんだけど、日本は日本でもう一つの中国(つまり中心、覇権国ですね。)である、あるいはそうありたいと思っていた、というのをやってたんです。それで、何したかというと、新羅やら渤海やらに朝貢を求めた(^^;)・・・つまり、周辺の国から朝貢を受ける、それが中心の国というものだ、というふうに理解してたんでしょう。それはそれで表面的には正解なんだけど、何かは違った、やはり浅い理解としかいいようの無い部分はある。
よそのやり方を研究するだけでは、限界はある。
ただ、それでも、他から学ぶというやり方で、成功した部分も多いわけで、それはそれで、うちの国らしさなのかどうなのか。
どうなんでしょう。
い、いしかわごえもん(?!)、Yellowさん、ここで石川五右衛門は変なんじゃあ。スカッと釜茹でになってもなあ(笑)
それはともかく、資料の調査・公開を自分の手で行うというのはとても重要ですね。
でも、やはり前のレスからの当事者意識を持っていることが基礎に無いとだめなんですね。それこそYellowさんの言葉を借りたなら、”評論”のための材料とするのでは、だいぶ意味が無い。
先の戦争は誤りだったという認識と、当事者意識についてまだうまくまとまらない。でも、それとも関連して、ちょっとずれるが、書いてみます。
よく”普通の国”といいますよね。それが普通の国家というものだとか、日本もそろそろ普通の国になろうとか言ったりする。”普通の国なら国旗に敬意を払うもの””自国の益をまず考えて行動するのが通常の国というものだろう”のように使われたりもする。そういう視点も必要ではあると思っているし、個々で見るとそのとおりなことは多い。でも、そういうモデルケースの研究が当事者意識、あるいは我が国としてはどうすべきかということを見失わせてしまうところがあるのかもしれない。
たとえば、近代に入った時も、日本は国と国との関係というものを必死に研究したといえる。そして時代は帝国主義まっさかり。”戦争に勝てば、お金や領土を貰う、それが国家間の通常の関係というものだ”という感じでしょうか。世界を見て、そこにある関係を参考にするというのは確かにひとつの有用な視点だけど、ここにもう一つ当事者として、あるいは自分自身の視点というのがあればよかった。つまり、”日本”と”中国”という固有名詞で考える部分が。世界では今こうなんだけど、我々の関係というものはどうなのか、今までを思い、これからはどうしていきたいのかという主体的な考察があれば、近代の入り口から列強の真似事をする以外のやり方もありえたろうか。
うちの国はそういうの苦手なのかな。前、NHKでやってた歴史もので、古代だったんだけど、日本は日本でもう一つの中国(つまり中心、覇権国ですね。)である、あるいはそうありたいと思っていた、というのをやってたんです。それで、何したかというと、新羅やら渤海やらに朝貢を求めた(^^;)・・・つまり、周辺の国から朝貢を受ける、それが中心の国というものだ、というふうに理解してたんでしょう。それはそれで表面的には正解なんだけど、何かは違った、やはり浅い理解としかいいようの無い部分はある。
よそのやり方を研究するだけでは、限界はある。
ただ、それでも、他から学ぶというやり方で、成功した部分も多いわけで、それはそれで、うちの国らしさなのかどうなのか。
どうなんでしょう。
これは メッセージ 15579 (YellowFlute さん)への返信です.
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