Re: 虐殺論者とそのウソ(2)
投稿者: supernova_firewood 投稿日時: 2008/03/03 19:15 投稿番号: [155112 / 196466]
「隠された連隊史」という本を、共産党「赤旗」の下里正樹という記者が書いております。
これには私の属しました福知山歩兵第20連隊のことが書かれています。
大体、共産党の機関紙の記者が書いたものですから、内容は読まずとも知れたものですが、私の連隊のことを書いているものですから読んでみますと、よくもまぁこれだけ大ウソを書けたものだと思うくらいのものです。
イ、「歩兵第20連隊では兵士が上官の指揮を批判し、命令に反抗し、将校はひたすら兵に迎合して兵の非行も黙認し、部隊内には下克上の空気蔓延し、将校の権威も指導力も全く零であった」
私は第20連隊の中隊長として、兵士の機嫌を取らねばならない等と、思った事さえ1度もありません。
常に部下の兵士と共に、お互いが信頼しあって戦ってきたのです。
その結果もう半世紀も経った今もなお、当時の戦友会が毎年開かれているのです。
来月の7日にも、私の中隊の戦友会が京都府の綾部で行われますが、例年のごとく、「隊長殿、是非出席して下さい」と招待されております。
将校が兵士の機嫌を取らねばならなかった軍隊で、そんなことが続けられるのでしょうか?
また私が十数年前に大病で下関で入院したことがありますが、当時の部下の多くは京都府に住んでいるのですが誰かれ言うとも無く、
「隊長殿がひどい病気だ」
ということで、知らぬ間に多額の見舞い金を送ってくれました。
私はベッドで感激の涙にむせんだ事でした。
将校と下士官・兵の心が離れていたならば、こんなことはあり得ないと思います。
これは私の場合だけではなく、中隊長と中隊の兵士の気持ちがしっかりと結ばれていなければ、激戦を戦い抜くということは出来ないのです。
ロ、「日露戦争の際、歩兵第28連隊(北海道旭川)の兵2千人が捕虜になり、戦後恥ずかしくて日本には帰らず、ハワイに移住した者もある」
これもまた、ものを知らずに書いたにしてもあまりにひどいじゃないか、というものです。
1個連隊は約3千人ですが、そのうち2千人が捕虜になったなどということはあり得ないことです。
私に言わせれば、下里正樹は「私はウソを書いております」と、自分で白状しているようなものであります。
「天に向かってツバをする」とはこの事でしょう。
学者の中にも、盛んに虐殺を主張する者がいます。何人おいる中で2、3人の人を取り上げますと、
1、洞富雄 元早稲田大学教授
「南京大虐殺の証明」という著書の中には私の名前も載っていますが、その中で便衣隊の兵隊を殺したのも虐殺であると言っております。
しかし、戦時国際法で便衣隊は捕虜として認めておらず、従って捕虜としての権利は与えられて無いのです。
だから便衣隊を処刑するのは、捕虜を処刑することにはならないのです。
便衣隊というのは、軍服を脱いで非戦闘員を装い、しかも武器を隠し持って油断を見澄まして危害を加える者を言います。
軍隊は非戦闘員を攻撃することは許されませんので、非戦闘員を装った敵は危険極まりない存在です。
従って戦時国際法は、便衣隊のような存在には正規の兵士が受けるべき権利を認めていないのです。
それを洞富雄氏は、
「便衣隊は軍人ではないのだから、殊(こと)に戦争が終わって戦意が無くなったのだからこれを殺すべきでない」
と主張するのです。
しかし、現実に堂ノ脇という参謀が便衣隊に襲われ、乗っていた車の運転手が殺されています。
戦争の現実も、戦時国際法の規定の意味も知らない暴論と言わざるを得ません。
これには私の属しました福知山歩兵第20連隊のことが書かれています。
大体、共産党の機関紙の記者が書いたものですから、内容は読まずとも知れたものですが、私の連隊のことを書いているものですから読んでみますと、よくもまぁこれだけ大ウソを書けたものだと思うくらいのものです。
イ、「歩兵第20連隊では兵士が上官の指揮を批判し、命令に反抗し、将校はひたすら兵に迎合して兵の非行も黙認し、部隊内には下克上の空気蔓延し、将校の権威も指導力も全く零であった」
私は第20連隊の中隊長として、兵士の機嫌を取らねばならない等と、思った事さえ1度もありません。
常に部下の兵士と共に、お互いが信頼しあって戦ってきたのです。
その結果もう半世紀も経った今もなお、当時の戦友会が毎年開かれているのです。
来月の7日にも、私の中隊の戦友会が京都府の綾部で行われますが、例年のごとく、「隊長殿、是非出席して下さい」と招待されております。
将校が兵士の機嫌を取らねばならなかった軍隊で、そんなことが続けられるのでしょうか?
また私が十数年前に大病で下関で入院したことがありますが、当時の部下の多くは京都府に住んでいるのですが誰かれ言うとも無く、
「隊長殿がひどい病気だ」
ということで、知らぬ間に多額の見舞い金を送ってくれました。
私はベッドで感激の涙にむせんだ事でした。
将校と下士官・兵の心が離れていたならば、こんなことはあり得ないと思います。
これは私の場合だけではなく、中隊長と中隊の兵士の気持ちがしっかりと結ばれていなければ、激戦を戦い抜くということは出来ないのです。
ロ、「日露戦争の際、歩兵第28連隊(北海道旭川)の兵2千人が捕虜になり、戦後恥ずかしくて日本には帰らず、ハワイに移住した者もある」
これもまた、ものを知らずに書いたにしてもあまりにひどいじゃないか、というものです。
1個連隊は約3千人ですが、そのうち2千人が捕虜になったなどということはあり得ないことです。
私に言わせれば、下里正樹は「私はウソを書いております」と、自分で白状しているようなものであります。
「天に向かってツバをする」とはこの事でしょう。
学者の中にも、盛んに虐殺を主張する者がいます。何人おいる中で2、3人の人を取り上げますと、
1、洞富雄 元早稲田大学教授
「南京大虐殺の証明」という著書の中には私の名前も載っていますが、その中で便衣隊の兵隊を殺したのも虐殺であると言っております。
しかし、戦時国際法で便衣隊は捕虜として認めておらず、従って捕虜としての権利は与えられて無いのです。
だから便衣隊を処刑するのは、捕虜を処刑することにはならないのです。
便衣隊というのは、軍服を脱いで非戦闘員を装い、しかも武器を隠し持って油断を見澄まして危害を加える者を言います。
軍隊は非戦闘員を攻撃することは許されませんので、非戦闘員を装った敵は危険極まりない存在です。
従って戦時国際法は、便衣隊のような存在には正規の兵士が受けるべき権利を認めていないのです。
それを洞富雄氏は、
「便衣隊は軍人ではないのだから、殊(こと)に戦争が終わって戦意が無くなったのだからこれを殺すべきでない」
と主張するのです。
しかし、現実に堂ノ脇という参謀が便衣隊に襲われ、乗っていた車の運転手が殺されています。
戦争の現実も、戦時国際法の規定の意味も知らない暴論と言わざるを得ません。
これは メッセージ 155110 (supernova_firewood さん)への返信です.
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