Re: 貴方は太平洋戰爭の侵略本質を認めるべ
投稿者: supernova_firewood 投稿日時: 2008/03/03 03:16 投稿番号: [155040 / 196466]
>日本国は
ハーグ陸戦法を批准し
署名までしてる
しかし
宣戦布告も警告もなく中国
アメリカ イギリス オランダ そのた 連合国軍へ 闇夜に後ろからバッサリやるような
戦争を開始してるんだがね(笑)
その処罰はないのかい?(笑)<
はいはい、今度はハーグ陸戦条約で、闇討ちね。
真珠湾攻撃で、米国が被害を受けた事かね?
はっきり書けよ、怖がらずに。
1941年の真珠湾攻撃の時点では、日本は、真珠湾の武力攻撃の前に、
宣戦布告を通告する国際法上の義務があった。
しかし、法を作っても、誰も守らず、誰も問題にせず、
何も無かったかのような状況が長く続いたならば、
それは、法になることに失敗した法と見なさる。
1939年、
ソ連はフィンランドに侵入して、ソ連・フィンランド戦争が勃発したとき、
国際連盟は侵略を理由にソ連を除名した。
しかし、事前の通告が無かったことについては、大して問題にしていない。
1950年に勃発した朝鮮戦争は、
当事国が分裂国家の一方で、これに対するのは国連軍であり、
また中国も参戦するという特異な要素の多い戦争ではありましたが、
もちろん、どこも宣戦布告の手続きなど執っていない。
米国は宣戦布告しないでドミニカやキューバに侵攻し奇襲攻撃、戦争に参加。
1700〜1870年において120回ほどの欧州の戦争を調査した結果
宣戦布告後に戦争に突入したという例は10回程度。
第二次世界大戦前のアメリカの教科書にも「開戦ニ関スル条約」は、
僅か28ヶ国の批准を見ただけで、すぐに時代遅れになってしまったとして、
開戦のルールは従来の慣習法のとおり、事前の宣戦布告は義務的としていない例が少なくない。
つまり、アメリカは、事前の宣戦布告なしに武力攻撃を行い戦争を開始したものとして、日本に対して激烈な非難を浴びせ、国民民衆を扇動。
ルーズベルト大統領の戦争指導政策にとって恰好の口実となり。
これを「破廉恥」(infamy)と表現した。
ルーズベルトのプロパガンダ。
まあ、お前はいつも反日プロパガンダに振り回されてるアホだけどな。
>仏院に石油を盗みに軍事侵攻した結果だよ アメリカの石油生産基地に近づいたってことだ、
日本政府は まだ ここまでは大丈夫と踏んでいたが アメリカの怒りを 理解できなかった
つまり 情報解析力 政治力の欠乏だよ(笑) ハルノート 当たり前の事を日本に要求しただけ
の話だよ(笑)<
こんどは「仏印進駐」かよ。これも又稚拙なこって。
アメリカの石油生産基地ってアホ丸出しの文章だな。
第一目的は「援蒋ルート」の監視と遮断、資源獲得のため。
援蒋ルートは大別して3つあり、そのうちの1つが「仏印ルート」。
仏印との交渉
1.仏印の共同防衞を目的とする軍事協力
2.必要数の日本軍の南部仏印への派兵
3.サイゴン以下八カ所の空軍基地の使用
4.サイゴン、カムラン湾の海軍基地の使用
米英は当然の如くフランス政府に回答を故意に遅らせるよう圧力をかけたが、フランス政府は7月21日に、
・日本軍の駐屯が一時的なものであること。
・フランスの主權を尊重することを日本が確約すること。
という条件下で受諾すると表明しこれに日本国も応じ、南部仏印に対する進駐を平和的に断行した。
進駐に関する協定は、9月4日に第一次、同月22日に第二次が調印。
日本の中央政府は「平和進駐」のかたちを整えたかった、が翌日「平和」を根底から
覆す事件が発生。
協定により仏印国境を越えた南支那方面軍隷下の第五師団に対し、仏印軍は激しく抵抗、
戦闘が発生した。
「平和進駐」は一転して「武力進駐」の様相を呈した。
日本軍は迅速に戦闘を展開し、25日には国境の町ドンダンとランソンを制圧した。
協定を破って、返り討ちにあった馬鹿なフランス。
9万の兵で4万の日本軍に敗れた、ドジな白人宗祖国、それがフランス。
アメリカは援蒋ルートの遮断と白人列強国蹂躙は丁度良い挑発だったわけ。
国務長官のハルはこの南部仏印進駐に対し、
「彼らは公然たる非友好的な行為を修飾するために、平和と友好という嘘と詐欺的な言葉を
使うのである。
これは彼らが前進の準備ができるまでそうするのである。
彼らを止めることが出来るのは軍事力をおいて他にない。
重要なのはヨーロッパにおける軍事問題に結論が出るまで、その状況をうまく扱うことのできる
期間である」
って言ってね。
アメリカ イギリス オランダ そのた 連合国軍へ 闇夜に後ろからバッサリやるような
戦争を開始してるんだがね(笑)
その処罰はないのかい?(笑)<
はいはい、今度はハーグ陸戦条約で、闇討ちね。
真珠湾攻撃で、米国が被害を受けた事かね?
はっきり書けよ、怖がらずに。
1941年の真珠湾攻撃の時点では、日本は、真珠湾の武力攻撃の前に、
宣戦布告を通告する国際法上の義務があった。
しかし、法を作っても、誰も守らず、誰も問題にせず、
何も無かったかのような状況が長く続いたならば、
それは、法になることに失敗した法と見なさる。
1939年、
ソ連はフィンランドに侵入して、ソ連・フィンランド戦争が勃発したとき、
国際連盟は侵略を理由にソ連を除名した。
しかし、事前の通告が無かったことについては、大して問題にしていない。
1950年に勃発した朝鮮戦争は、
当事国が分裂国家の一方で、これに対するのは国連軍であり、
また中国も参戦するという特異な要素の多い戦争ではありましたが、
もちろん、どこも宣戦布告の手続きなど執っていない。
米国は宣戦布告しないでドミニカやキューバに侵攻し奇襲攻撃、戦争に参加。
1700〜1870年において120回ほどの欧州の戦争を調査した結果
宣戦布告後に戦争に突入したという例は10回程度。
第二次世界大戦前のアメリカの教科書にも「開戦ニ関スル条約」は、
僅か28ヶ国の批准を見ただけで、すぐに時代遅れになってしまったとして、
開戦のルールは従来の慣習法のとおり、事前の宣戦布告は義務的としていない例が少なくない。
つまり、アメリカは、事前の宣戦布告なしに武力攻撃を行い戦争を開始したものとして、日本に対して激烈な非難を浴びせ、国民民衆を扇動。
ルーズベルト大統領の戦争指導政策にとって恰好の口実となり。
これを「破廉恥」(infamy)と表現した。
ルーズベルトのプロパガンダ。
まあ、お前はいつも反日プロパガンダに振り回されてるアホだけどな。
>仏院に石油を盗みに軍事侵攻した結果だよ アメリカの石油生産基地に近づいたってことだ、
日本政府は まだ ここまでは大丈夫と踏んでいたが アメリカの怒りを 理解できなかった
つまり 情報解析力 政治力の欠乏だよ(笑) ハルノート 当たり前の事を日本に要求しただけ
の話だよ(笑)<
こんどは「仏印進駐」かよ。これも又稚拙なこって。
アメリカの石油生産基地ってアホ丸出しの文章だな。
第一目的は「援蒋ルート」の監視と遮断、資源獲得のため。
援蒋ルートは大別して3つあり、そのうちの1つが「仏印ルート」。
仏印との交渉
1.仏印の共同防衞を目的とする軍事協力
2.必要数の日本軍の南部仏印への派兵
3.サイゴン以下八カ所の空軍基地の使用
4.サイゴン、カムラン湾の海軍基地の使用
米英は当然の如くフランス政府に回答を故意に遅らせるよう圧力をかけたが、フランス政府は7月21日に、
・日本軍の駐屯が一時的なものであること。
・フランスの主權を尊重することを日本が確約すること。
という条件下で受諾すると表明しこれに日本国も応じ、南部仏印に対する進駐を平和的に断行した。
進駐に関する協定は、9月4日に第一次、同月22日に第二次が調印。
日本の中央政府は「平和進駐」のかたちを整えたかった、が翌日「平和」を根底から
覆す事件が発生。
協定により仏印国境を越えた南支那方面軍隷下の第五師団に対し、仏印軍は激しく抵抗、
戦闘が発生した。
「平和進駐」は一転して「武力進駐」の様相を呈した。
日本軍は迅速に戦闘を展開し、25日には国境の町ドンダンとランソンを制圧した。
協定を破って、返り討ちにあった馬鹿なフランス。
9万の兵で4万の日本軍に敗れた、ドジな白人宗祖国、それがフランス。
アメリカは援蒋ルートの遮断と白人列強国蹂躙は丁度良い挑発だったわけ。
国務長官のハルはこの南部仏印進駐に対し、
「彼らは公然たる非友好的な行為を修飾するために、平和と友好という嘘と詐欺的な言葉を
使うのである。
これは彼らが前進の準備ができるまでそうするのである。
彼らを止めることが出来るのは軍事力をおいて他にない。
重要なのはヨーロッパにおける軍事問題に結論が出るまで、その状況をうまく扱うことのできる
期間である」
って言ってね。
これは メッセージ 154831 (yominokuni56 さん)への返信です.
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