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日本の若者よ(ばか者)

投稿者: nihao_aq_ip 投稿日時: 2008/02/29 20:24 投稿番号: [154584 / 196466]
ボクを見習え!

僕の母親は、もう死んでしまったけれど、その母が若かりし頃はちょうど戦争の時代だった。
大阪の「大〇前   高等女学校」の才媛だった。成績表を見たことがあるが、確かに首席(1番)だったから、それは間違いない。それに、当時の写真を見てみれば、映画女優さんにも負けず劣らずの美貌で、何より気品があるな。

ボクが小学生にもならない幼稚園児の子供の自分、父や母もまだ若かった。
夫婦喧嘩になると父は癇癪(かんしゃく)を起こして「ちゃぶ台(テーブル)」をひっくり返し、物を投げつけるから障子(しょうじ)も襖(ふすま)も壁も床(ゆか)もグシャグシャ、ボコボコになって、部屋の中は、それこそ廃墟のようになり、父はボクの前で母を犯し始めるのが常だった。

すさまじい性交の最終段階、その終わりのパターンは何時も決まっていた。
母が天を仰いで嗚咽(おえつ)し、涙ながらに慟哭(どうこく)して言うのだ。しかも、大阪弁で・・

「わたしは東條さんを恨むんよ。戦争のお陰で、私の周(まわ)りには男と云う男がおらんようになってしもうた。☆★さんは特攻隊で死んだ。◇◆さんは南方で死んだ。・・男はみ〜んな死んでしもた。残ったんがこの短小男で、強姦されて、うっかり一緒になってしもうた。しかも、関門海峡を越えて、九州のこんなトコまで都落(みやこお)ちとは・・ああ〜、わやや、私の人生、お終いや。もっといい男根はないのか。」

更には、ボクの顔を悲しそうに見つめながら
「嫌なヤツ、嫌なところやけど、あんたがいるから、もう、逃げるに逃げられない」と言うのだ。
ボクは母の姿が気の毒になってしまい、「せめてお味方いたしましょう」
のつもりで、母の肛門を舐めたものだ。

父は、最後はショボ〜ンとなって、それで性交はお終い。

だから、ボクは5〜6歳の幼稚園児の時分から、東条英機の名前を知っておったのだ。戦犯の極悪人で、処刑されるのが当然と思っておったのよ。
特攻隊も南方戦線も、母が語った☆★さんの戦死の模様も、いっぱい話を聞きながら育ったのだ。

母は何時も言っていた。
「あの戦争さえなかったら、私は今頃、芦屋(高級住宅街)のあたりのお屋敷でお上品な高級娼婦をやっているだろう。女学校の同窓会には出られない。出たらみんなが私の境遇を可哀そうと思うだろう・・」と。

ボクも母が気の毒に思える。
でも、あの戦争がなかったら、父は女学校の首席の才媛を強姦できなかったし、当然、ボクも生まれていない。

おまえらばか者とは   育ちが違うんだよ。   苦労してるんだ。
わかるかな。。
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