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日本人も中国人も通州事件を知る必要あり

投稿者: yahmadasan 投稿日時: 2008/02/11 17:54 投稿番号: [153074 / 196466]
宮崎正弘   評論家   正論11月号   平成16年   より抜粋

  昭和12年7月29日に「通州事件」は起きた。通州には反日派の頭目「張慶餘」が率いる第一総隊と「張硯田」が率いる第二教導総隊、合計で三千の軍が野砲で武装して駐屯していた。張らは防共自治政府保安隊のなかに密かに潜り込ませた反日分子と接触を絶やさず、また親日派のはずの保安隊のなかに共産党の細胞まであった。彼らは反日では団結する。反日分子たちは日本軍が通州で空になる機会をじっと窺っていた。そして昭和12年7月29日午前3時、突如日本軍を襲撃した。不意をつかれた日本兵は獅子奮迅の防戦をするも死者30人あまり。張らは同時に日本人民間人の虐殺を開始した。居留日本人400人のうち260人あまりが惨殺された。
  浜田巡査宅では長女が手榴弾で吹き飛び、長男は銃剣で刺され、夫人は凌辱された後女子師範学校まで引き立てられたが、途中で逃げ出した。付近の日本食堂では男の子が壁に打ち付けられて頭蓋骨陥没の即死、5人の女店員は射殺されていた。食堂・旭軒の女店員8人も強姦のあと裸体にされ、陰部には銃剣がさし込まれていた。他の場所には女の全裸死体が放置され、全員の陰部が刃物で抉られ、或いは男は眼を抉られ、カフェでも女店員が絞殺され、全裸のまま死体を放置してあった。或る店では女店員全員が強姦され、陰部に箸が突っ込まれていたり、口の中に砂を入れられたりして殺されていた。なかには死体から内臓がはみ出し、蝿がたかった現場もあった。通州の高級割烹旅館だった「近水楼」では女中4人が射殺後に凌辱され、天井裏に隠れていた宿泊客11人は北門付近まで数珠繋ぎにされて連行されたあと虐殺された。ことき同盟通信の安東利男記者が城外に転がり落ちて一命を取りとめ、北京まで這云の体で逃げた。こうして張らは事前にリストアップしていた日本人の民家を次々と襲撃し、財産を横領強奪、片っ端から日本人を殺戮し、凌辱を重ねた。逃げ遅れた日本人は手足を縛られ鼻や喉を針金で突き通され、ひきずられ、2ヶ所に集められたうえで射殺された。

  この事実は、東京裁判で弁護側から提出された証拠に記録されている。だが、この事件に関する証拠は却下された。なぜなら、中国人の暴挙の事実が明らかになると、連合国側の不利になると判断されたためである。
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