日中関係

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Re: 北海道、沖縄は日本の領土ではありませ

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2007/12/04 21:08 投稿番号: [149271 / 196466]
>アイヌは蝦夷とも呼ばれる。平安時代の居住地は関東までで、血は、九州のくまそ、琉球人と同じ、要するに縄文人、・・

そりゃ乱暴すぎる。
いうまでもないけど平安期蝦夷は「えみし」と発音していた。それが江戸期に入ってアイヌ民族に「蝦夷」の字を当てるようになった。
この意は「アイヌ」と「蝦夷」が同人種だったと言う確証というのではなく、後年、倭人以外の人種と言う意味でアイヌに蝦夷の字を当てるようになったと考えられる。

>人口が圧倒的に多い縄文人のトップを粗末には扱えなかった。それが、大国主命だと推定しているけれど・・

先住民族と思われる出雲族は出雲大社を造営し、荒神谷遺跡で大量に発見された銅剣で分かるように、彼の一族は高度な文明を誇っていた。
天孫族に追い払われた出雲族が、今の長野県の諏訪に居住を定めたと古事記にある。
現在の諏訪地方人とアイヌ民族に形質人類学的に著しい類似性は認められない。
それどころか、彼らは半島人だったと思われる節が多々ある。(おせーてやるか?)

一方、ニギハヤシ(天孫系)に率いられた長脛彦・阿比彦の兄弟は大和盆地で神武勢に破れ関東、そして東北へと移住を余儀なくされる。
その東北北上で朝廷軍に苦戦を強いた。
しかし坂上田村麻呂に謀殺され(ねぶた祭りの起源)、その250年後には源氏を相手に前九年・後三年の役を戦っている。

またその一族と言われる奥州藤原氏(出羽佐藤氏)は、衣川で頼朝に敗れ、津軽の藤崎に落ち延び再興している。
蝦夷は少なくともそれだけの実力を持っていた。

しかし江戸時代に認識された(され直した)アイヌ民族は文字や鉱物どころか陶器さえ作ることを知らなかった。
この実態から見てアイヌ民族を、火炎式土器を創作した縄文人の末裔とするのは無理がある。

関東、東北地方にアイヌ起源の地名が多いが、それは蝦夷より以前に北方に居住していたのがアイヌ民族だった、と言うことで説明がつく。

確かに琉球民族とアイヌ民族との間には、無視しがたい類似性があるにはあるが。

どの朝廷だったか思い出せないが、倭人が地元の「毛人」をシナまで連れて行き皇帝に拝謁した記録がシナ側に残っている。
曰く、体は小さく全身が毛に覆われている。髪の毛の中から矢を取り出し百発百中と言ったことが書かれていた。(古書の名前を勉強できる人教えて。シナチョンじゃ無理だろうな)彼がアイヌ民族だと思われる。

>主語述語などの順番が、全く同じなのも、琉球人から、アイヌ人まで。中国などは、英語、そのほか世界の大半の国々の言葉と語順が同じ、琉球人が中国だとしたら、その説明は全くつかない。

文法でいえば朝鮮語もウラル・アルタイ語も同じ。オリジナルの琉球語については今はもう知る由もないが、現在の琉球方言は日本の古語が残った形。
例えば西表島の「西」を「いり」と読む。   つまり太陽の入るところ、という素朴な日本古語。(ちょっと思い出せないが「東」も同様な意味を持つ発音)
その先祖は南九州で朝廷軍と戦った隼人族と同種と思われる。

しかし近年、ウラル・アルタイ語は日本や朝鮮民族とは関係ないという説が有力と聞く。
しかも語彙で言えば、日本語と朝鮮語の類似性はきわめて薄く、その縁は日本語とアボリジニほど違っている。   統計学的にその枝分かれは少なくとも5,6千年前に遡るといわれる。
つまり日本人と半島人は、混血があったであろうが、種族的、文化的にまったく別の民族である。

であるから文法から種族を推定することは危険だと言うことを意味している。

わかったね。
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