ダライ・ラマ関連の記事
投稿者: asahiga2423 投稿日時: 2007/11/25 16:14 投稿番号: [148805 / 196466]
中日新聞から。
欧米各国首脳
>「それはチベットのためではなく、中国そのものの民主化を促すことを目指している」
それに引き替え、歴代日本政府は、・・・・・・。
−−−−−−−−−−−−−
【ダライ・ラマ来日 政治的言動控えめ 対中配慮 日本ナーバス 欧米各国は首脳が会談 民主化促す戦略の一環】
2007.11.21 朝刊
訪日中のチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ十四世は、三重県伊勢市と横浜市で講演を行った。先月、米議会から最高勲章を受章してブッシュ大統領とも会談、中国政府が猛反発した記憶が新しいだけに、日本での言動が注目されたが、ダライ・ラマは人類の平和を淡々と説いている。しかし、政治的な言動を抑制すればするほど、ダライ・ラマの受け入れ方をめぐる欧米と日本の「落差」が際だってきた。(外報部・浅井正智)
二十日行われた横浜市の講演で、ダライ・ラマは「敵を害すれば、自分を害することにもなる。思いやりや優しさに関心を払ってこなかったこれまでの誤りに気づくべきだ」と約四千五百人の聴衆に語りかけた。宗教的文脈から出てきたその言葉は、中国への和解の呼びかけのようにも響いたが、政治的な言い回しは封印した。
十五日の来日以来、これまでに記者団がダライ・ラマに直接質問できたのは、伊勢市での記者会見だけだった。ダライ・ラマはチベット問題について「チベットが中国の枠内にとどまり、その中で自治を行うことを求めている。にもかかわらず、中国政府は私のことを分裂主義者と呼ぶ。どうしてなのか分からない」と自治実現の見通しが立たない現状に不満をにじませた。
さらに、後継となるダライ・ラマ十五世の選出にも言及。没後に「生まれ変わり」を探し出すという伝統を見直し、自らが後継選びに積極関与する意欲を示すことで、チベット仏教の管理強化を狙う中国当局に精いっぱいの抵抗をしてみせた。
■3質問のみ
だが、多少とも政治性を帯びた発言といえるのはここまで。受けた質問も三問で、記者団には消化不良の感が残った。
チベット亡命政府(本部インド・ダラムサラ)の駐日事務所、ダライ・ラマ法王日本代表部は講演以外の日程は公表せず、摩擦の回避に神経質になっている事情をうかがわせている。
この背景には、ダライ・ラマが最近、ドイツ、米国など主要国首脳と相次いで会談し、中国政府が猛反発したため、周囲が過敏ともいえる反応を示したという事情がある。伊勢市での受け入れ団体は、ダライ・ラマの講演について「宗教的見地から行われる趣旨を理解してほしい」とわざわざ説明した。
欧米各国の首脳たちは、中国政府の抗議を承知の上でダライ・ラマと会談することで、国際社会に向けて一定のメッセージを発している。中国政府にチベット問題の解決を迫るという政治的意味があるのは当然だが、チベット出身で日本代表部初代代表も務めた桐蔭横浜大学のペマ・ギャルポ教授(国際関係論)は「それはチベットのためではなく、中国そのものの民主化を促すことを目指している」との見方を示す。
「民主化されない中国がこのまま巨大になれば、いずれ自分たちの脅威になる。欧米の首脳は世界戦略の一環としてチベット問題を考えている」(同教授)というわけだ。
■抗議は“儀式”
中国政府が抗議したといっても、大使召還などの措置はとっていない。中国の抗議が半ば“儀式化”していることを欧米の指導者たちは織り込み済みのようだ。
一方、日本政府の対応はどうか。外務省中国課は「個別のビザ審査の基準について話す立場にない」とダライ・ラマの入国条件を明らかにしていないが、関係者によると、政治活動や日本政府関係者との面会の自粛が条件になっているという。それがダライ・ラマ周辺の過敏な反応につながっているといえる。
東京大学の平野聡・准教授(アジア政治外交史)は、「日中間の歴史的な負い目から、日本の政治家が中国に配慮した措置をとるのは国交回復(一九七二年)以来、続いている。とりわけ現在、政府は日中関係を改善されたものと認識しており、強いてそれを変更しようとは考えていない。その結果、ダライ・ラマへの対応が欧米よりも抑制的になり、チベット人たちに好意的なものではなくなっている」と分析。欧米各国との戦略的思考の違いを指摘した。
ダライ・ラマ14世 1935年、チベット北東部生まれ。2歳で先代13世の生まれ変わりと認定され即位。中国軍のチベット進駐後、いったんは和平協定を結んだが、59年、チベット動乱が鎮圧されインドに亡命。89年、非暴力によるチベット問題解決を訴え続けた功績で、ノーベル平和賞を授与された。72歳。
中日新聞社
欧米各国首脳
>「それはチベットのためではなく、中国そのものの民主化を促すことを目指している」
それに引き替え、歴代日本政府は、・・・・・・。
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【ダライ・ラマ来日 政治的言動控えめ 対中配慮 日本ナーバス 欧米各国は首脳が会談 民主化促す戦略の一環】
2007.11.21 朝刊
訪日中のチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ十四世は、三重県伊勢市と横浜市で講演を行った。先月、米議会から最高勲章を受章してブッシュ大統領とも会談、中国政府が猛反発した記憶が新しいだけに、日本での言動が注目されたが、ダライ・ラマは人類の平和を淡々と説いている。しかし、政治的な言動を抑制すればするほど、ダライ・ラマの受け入れ方をめぐる欧米と日本の「落差」が際だってきた。(外報部・浅井正智)
二十日行われた横浜市の講演で、ダライ・ラマは「敵を害すれば、自分を害することにもなる。思いやりや優しさに関心を払ってこなかったこれまでの誤りに気づくべきだ」と約四千五百人の聴衆に語りかけた。宗教的文脈から出てきたその言葉は、中国への和解の呼びかけのようにも響いたが、政治的な言い回しは封印した。
十五日の来日以来、これまでに記者団がダライ・ラマに直接質問できたのは、伊勢市での記者会見だけだった。ダライ・ラマはチベット問題について「チベットが中国の枠内にとどまり、その中で自治を行うことを求めている。にもかかわらず、中国政府は私のことを分裂主義者と呼ぶ。どうしてなのか分からない」と自治実現の見通しが立たない現状に不満をにじませた。
さらに、後継となるダライ・ラマ十五世の選出にも言及。没後に「生まれ変わり」を探し出すという伝統を見直し、自らが後継選びに積極関与する意欲を示すことで、チベット仏教の管理強化を狙う中国当局に精いっぱいの抵抗をしてみせた。
■3質問のみ
だが、多少とも政治性を帯びた発言といえるのはここまで。受けた質問も三問で、記者団には消化不良の感が残った。
チベット亡命政府(本部インド・ダラムサラ)の駐日事務所、ダライ・ラマ法王日本代表部は講演以外の日程は公表せず、摩擦の回避に神経質になっている事情をうかがわせている。
この背景には、ダライ・ラマが最近、ドイツ、米国など主要国首脳と相次いで会談し、中国政府が猛反発したため、周囲が過敏ともいえる反応を示したという事情がある。伊勢市での受け入れ団体は、ダライ・ラマの講演について「宗教的見地から行われる趣旨を理解してほしい」とわざわざ説明した。
欧米各国の首脳たちは、中国政府の抗議を承知の上でダライ・ラマと会談することで、国際社会に向けて一定のメッセージを発している。中国政府にチベット問題の解決を迫るという政治的意味があるのは当然だが、チベット出身で日本代表部初代代表も務めた桐蔭横浜大学のペマ・ギャルポ教授(国際関係論)は「それはチベットのためではなく、中国そのものの民主化を促すことを目指している」との見方を示す。
「民主化されない中国がこのまま巨大になれば、いずれ自分たちの脅威になる。欧米の首脳は世界戦略の一環としてチベット問題を考えている」(同教授)というわけだ。
■抗議は“儀式”
中国政府が抗議したといっても、大使召還などの措置はとっていない。中国の抗議が半ば“儀式化”していることを欧米の指導者たちは織り込み済みのようだ。
一方、日本政府の対応はどうか。外務省中国課は「個別のビザ審査の基準について話す立場にない」とダライ・ラマの入国条件を明らかにしていないが、関係者によると、政治活動や日本政府関係者との面会の自粛が条件になっているという。それがダライ・ラマ周辺の過敏な反応につながっているといえる。
東京大学の平野聡・准教授(アジア政治外交史)は、「日中間の歴史的な負い目から、日本の政治家が中国に配慮した措置をとるのは国交回復(一九七二年)以来、続いている。とりわけ現在、政府は日中関係を改善されたものと認識しており、強いてそれを変更しようとは考えていない。その結果、ダライ・ラマへの対応が欧米よりも抑制的になり、チベット人たちに好意的なものではなくなっている」と分析。欧米各国との戦略的思考の違いを指摘した。
ダライ・ラマ14世 1935年、チベット北東部生まれ。2歳で先代13世の生まれ変わりと認定され即位。中国軍のチベット進駐後、いったんは和平協定を結んだが、59年、チベット動乱が鎮圧されインドに亡命。89年、非暴力によるチベット問題解決を訴え続けた功績で、ノーベル平和賞を授与された。72歳。
中日新聞社
これは メッセージ 148803 (eggusandot さん)への返信です.
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