【台湾原住民の歴史】と台湾原住民族の伝説
投稿者: racingschedule 投稿日時: 2007/10/14 12:47 投稿番号: [146775 / 196466]
【台湾原住民の歴史】
台湾島に住む原住民族(複数)の起源は古く、人類学的・言語学的には、そのいくつかの部族は、それぞれ、西はアフリカ大陸に近いマダガスカル島、南はニュージーランド、東は南米大陸に近いイースター島に暮らす人々と「共通の先祖」を持つと考えられているほど、人類学的にも謎に満ちた存在である。
17世紀以後、まずオランダが、東アジア進出の拠点として、この島を軍事的に占領し、続いて、中国大陸において新たに満州から勃興した清朝との闘いに敗れた明朝の遺臣鄭成功(Koxinga)らが、大量の漢人移民と共に亡命政府をこの島に築いた。その際、この島の西側(中国大陸側)の平野部にいた原住民たちは、東側(太平洋側)の急峻な山岳地帯へと追いやられた。
皮肉なことに、台湾の原住民が国際社会に紹介されるようになったのは、1895年の大日本帝国による同島の併合によってである。同島に言語や習俗を異にする多数の原住民種族がいることを「発見した」日本は、草創当初の文化人類学者たちを派遣し、この島の原住民の文化を科学的に調査した。また、台湾島の「内地化」によって、日本本土と同じように、原住民にも無料で初等学校教育が施されたので、それまで、独自の文字文化を持たなかった原住民たちは、日本語による読み書きができるようになった。
日本の太平洋戦争敗戦の後、1949年、中国大陸での共産党との内戦に敗れた蒋介石率いる国民党が台湾を占領し、台北を首都にした。このことが、またまた、原住民の権利を奪うことになった。「大陸奪還」を国是とする国民党は、台湾の独自性を認めることは、すなわち、国民党による中国大陸の支配権を放棄することになり、その点では、「台湾侵攻」まったく立場が反対の政策を国是とする中国共産党と、奇妙に利害が一致していることであった。その後、長年続いた国民党政権の下で、原住民の権利は無視されることになった。
台湾の原住民に転機が訪れたのは、(中国大陸からの)「台湾独立」を公約に掲げる民進党の陳水扁(Chen Shui-pien)氏が、自由選挙によって中華民国の第10代「総統」に選出された2000年5月20日である。従前とはうって変わって「台湾は中国の一部ではない」ということを立証するためにも、遥か古代からこの島に暮らす原住民の存在を中華民国が公認することが必要となった。
http://my.so-net.net.tw/katakura/genjyumin/hyoushi.html
台湾には現在、全人口の9割を占める漢民族のほか、台湾原住民族と呼ばれる人々が住んでいます。戦前、日本人は彼らを「高砂族」と呼んでいました。一般的には、タイヤル(アタヤル)、サイシャット、アミス、ブヌン、ピユマ、パイワン、ルカイ、ツオウ、ヤミ(タオ)の9つの部族がいます(個人的にはこの分け方には不満があるのですが)。ここでは、私が彼らの集落を訪問してきた際のエピソードと取材した成果を集めてみました。
台湾島に住む原住民族(複数)の起源は古く、人類学的・言語学的には、そのいくつかの部族は、それぞれ、西はアフリカ大陸に近いマダガスカル島、南はニュージーランド、東は南米大陸に近いイースター島に暮らす人々と「共通の先祖」を持つと考えられているほど、人類学的にも謎に満ちた存在である。
17世紀以後、まずオランダが、東アジア進出の拠点として、この島を軍事的に占領し、続いて、中国大陸において新たに満州から勃興した清朝との闘いに敗れた明朝の遺臣鄭成功(Koxinga)らが、大量の漢人移民と共に亡命政府をこの島に築いた。その際、この島の西側(中国大陸側)の平野部にいた原住民たちは、東側(太平洋側)の急峻な山岳地帯へと追いやられた。
皮肉なことに、台湾の原住民が国際社会に紹介されるようになったのは、1895年の大日本帝国による同島の併合によってである。同島に言語や習俗を異にする多数の原住民種族がいることを「発見した」日本は、草創当初の文化人類学者たちを派遣し、この島の原住民の文化を科学的に調査した。また、台湾島の「内地化」によって、日本本土と同じように、原住民にも無料で初等学校教育が施されたので、それまで、独自の文字文化を持たなかった原住民たちは、日本語による読み書きができるようになった。
日本の太平洋戦争敗戦の後、1949年、中国大陸での共産党との内戦に敗れた蒋介石率いる国民党が台湾を占領し、台北を首都にした。このことが、またまた、原住民の権利を奪うことになった。「大陸奪還」を国是とする国民党は、台湾の独自性を認めることは、すなわち、国民党による中国大陸の支配権を放棄することになり、その点では、「台湾侵攻」まったく立場が反対の政策を国是とする中国共産党と、奇妙に利害が一致していることであった。その後、長年続いた国民党政権の下で、原住民の権利は無視されることになった。
台湾の原住民に転機が訪れたのは、(中国大陸からの)「台湾独立」を公約に掲げる民進党の陳水扁(Chen Shui-pien)氏が、自由選挙によって中華民国の第10代「総統」に選出された2000年5月20日である。従前とはうって変わって「台湾は中国の一部ではない」ということを立証するためにも、遥か古代からこの島に暮らす原住民の存在を中華民国が公認することが必要となった。
http://my.so-net.net.tw/katakura/genjyumin/hyoushi.html
台湾には現在、全人口の9割を占める漢民族のほか、台湾原住民族と呼ばれる人々が住んでいます。戦前、日本人は彼らを「高砂族」と呼んでいました。一般的には、タイヤル(アタヤル)、サイシャット、アミス、ブヌン、ピユマ、パイワン、ルカイ、ツオウ、ヤミ(タオ)の9つの部族がいます(個人的にはこの分け方には不満があるのですが)。ここでは、私が彼らの集落を訪問してきた際のエピソードと取材した成果を集めてみました。
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