Re: 日中関係
投稿者: jamingwithed 投稿日時: 2007/10/14 02:41 投稿番号: [146756 / 196466]
>2008年北京五輪を目指すサッカーの中国五輪代表が7日にロンドンで地元のクラブ、クイーンズパークと行った練習試合で乱闘騒ぎが発生し、8日付の中国各紙は「恥ずべき醜態」などの見出しを掲げ、選手の行動を批判した。
>乱闘は1―2の後半30分すぎに起こった。選手が入り乱れて殴るけるの乱闘となり、あごの脱臼や脳振とうで病院に運ばれた中国選手もいたという。
>北京晩報紙は「中国サッカーには悪質な仕返しや審判に悪態をつくなどの悪習がまん延しており、協会もきちんと対処していない」と構造的問題を指摘。
>また、合宿中、五輪代表チームの中国人選手は、訓練教官に「その筋の女性を探したことある?」と話しかけるなど、下品な振る舞いが目立ったという。
>これを問題視した中国サッカー協会は、同選手の国家代表選手資格を取り消し、チームからの離脱を命じた。
>同様に軽率な発言をしたとされる、遼寧チームの戴琳(ダイ・リン)選手と長沙チームの張暁彬(チャン・シャオビン)選手2人にも相応の処分が下されるもよう。
一人っ子政策の小皇帝の弊害だな。
だいたい、中国では、選手の実力より、親の実力も考慮されるんじゃないか。
実力者の親の庇護のもとにいる小皇帝なら、身分が自分より下の審判や監督を見下す言動など中国人の感覚としては当然だろう。まず身分意識がヨーロッパ人とは比べ物にならない。
それに、反日などで、気に食わない日本人相手なら、何をしても当然の権利として許されるという暴力推奨教育を普段から行っている国である。
彼らに、欧米のようなスポーツマンシップをといても無駄である。
なぜならば、彼らに厳しい罰則を科した中国サッカー協会の人間も、なぜ日本人に暴力をふるわずに、中国人同士や日本人以外の外国人に暴力をふるうなど何事かという考えだからだ。
注意する側がすでに特定の相手への暴力推奨教育に毒されていれば、暴力や暴言についてどう偉そうに説教を垂れようと何の説得力もない。
人間というのは、ささいなある一つのことに特化した一部分だと思っていたことが、実は思いもかけない全く別の場面で、それが発揮されるものだ。
心理学的にはよくある現象である。中国人にはそれが理解できない。
>乱闘は1―2の後半30分すぎに起こった。選手が入り乱れて殴るけるの乱闘となり、あごの脱臼や脳振とうで病院に運ばれた中国選手もいたという。
>北京晩報紙は「中国サッカーには悪質な仕返しや審判に悪態をつくなどの悪習がまん延しており、協会もきちんと対処していない」と構造的問題を指摘。
>また、合宿中、五輪代表チームの中国人選手は、訓練教官に「その筋の女性を探したことある?」と話しかけるなど、下品な振る舞いが目立ったという。
>これを問題視した中国サッカー協会は、同選手の国家代表選手資格を取り消し、チームからの離脱を命じた。
>同様に軽率な発言をしたとされる、遼寧チームの戴琳(ダイ・リン)選手と長沙チームの張暁彬(チャン・シャオビン)選手2人にも相応の処分が下されるもよう。
一人っ子政策の小皇帝の弊害だな。
だいたい、中国では、選手の実力より、親の実力も考慮されるんじゃないか。
実力者の親の庇護のもとにいる小皇帝なら、身分が自分より下の審判や監督を見下す言動など中国人の感覚としては当然だろう。まず身分意識がヨーロッパ人とは比べ物にならない。
それに、反日などで、気に食わない日本人相手なら、何をしても当然の権利として許されるという暴力推奨教育を普段から行っている国である。
彼らに、欧米のようなスポーツマンシップをといても無駄である。
なぜならば、彼らに厳しい罰則を科した中国サッカー協会の人間も、なぜ日本人に暴力をふるわずに、中国人同士や日本人以外の外国人に暴力をふるうなど何事かという考えだからだ。
注意する側がすでに特定の相手への暴力推奨教育に毒されていれば、暴力や暴言についてどう偉そうに説教を垂れようと何の説得力もない。
人間というのは、ささいなある一つのことに特化した一部分だと思っていたことが、実は思いもかけない全く別の場面で、それが発揮されるものだ。
心理学的にはよくある現象である。中国人にはそれが理解できない。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/146756.html