Re: yominokuni56に贈る イラン。子銀ち
投稿者: mirokuninoti 投稿日時: 2007/10/11 02:44 投稿番号: [146644 / 196466]
>三月の時点で陸海軍統率部
参謀本部はこれ以上の戦争継続は不可能と天皇に上奏しているにも関わらず
戦争継続を促したのは天皇陛下なんだよ(笑)
だからね〜、天皇陛下が終わりたいって思われても、当時は議会政治だから、勝手に終わらせられないんだよ。
当時は天皇親政だとでも思っているわけ??
***
ここにも欄外に寺崎の私見が書きこまれている。
「この詔勅を出されたならば、御上の地位は危険なりしなるべし」
『聖断-天皇と鈴木貫太郎』(文芸春秋刊)で記した事であるが、昭和天皇が、その顔を平和にしっかり向けたのは、二十年六月中旬であった。
この天皇発言にあるように、六月九日梅津のはじめての弱音発言を聞いた。
十二日査察官として三ヶ月にわたって第一線を巡察した長谷川の、絶望的な報告を聞いた。
さらに東久邇若宮の本土決戦不可能の報告と、それまでの大本営の強気の報告がウソで固めてあることを、天皇は知らされたのである。
そして六月二十日、天皇は東郷外相にいっている。
「戦争につきては最近参謀総長、軍指令総長及び長谷川大将の報告によると、支那及び日本内地の作戦準備が不充分であることが明らかとなったから、なるべく速やかにこれを終結せしむることが得策である。
されば困難なることとは考えうるけれど、なるべく速かに戦争を終結することに取運ぶよう希望する…」(『時代の側面』)
天皇はさらに鈴木、木戸らの意見をいれ、六月二十二日、親しく懇談という形で戦争指導会議の六人を呼んだ。
この席で、しきたりを破って天皇が最初に発言した。
「六月八日の会議で、あくまで戦争を継続すると方針を決定したけれども、このさいいままでの観念にとらわれることなく、戦争終結についても、すみやかに具体的研究をとげて、これが実現に努力することを望む」
国策としての戦争終結のへの第一歩はこうして踏み出されたのである。
***
「昭和天皇独白録」139頁〜138ページ 注 より
支那の一党独裁政権じゃないんだよ???
毛沢東が勝手きままに独裁していたのとは違うんだ。
陸軍ですら海軍の報告に騙されて南方に出て行っていたくらいですからね。
天皇陛下が大権を行使されたのは、2.26事件の終結と、戦争終結のご聖断のときだけです。
さ〜「24」見よう。
だからね〜、天皇陛下が終わりたいって思われても、当時は議会政治だから、勝手に終わらせられないんだよ。
当時は天皇親政だとでも思っているわけ??
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ここにも欄外に寺崎の私見が書きこまれている。
「この詔勅を出されたならば、御上の地位は危険なりしなるべし」
『聖断-天皇と鈴木貫太郎』(文芸春秋刊)で記した事であるが、昭和天皇が、その顔を平和にしっかり向けたのは、二十年六月中旬であった。
この天皇発言にあるように、六月九日梅津のはじめての弱音発言を聞いた。
十二日査察官として三ヶ月にわたって第一線を巡察した長谷川の、絶望的な報告を聞いた。
さらに東久邇若宮の本土決戦不可能の報告と、それまでの大本営の強気の報告がウソで固めてあることを、天皇は知らされたのである。
そして六月二十日、天皇は東郷外相にいっている。
「戦争につきては最近参謀総長、軍指令総長及び長谷川大将の報告によると、支那及び日本内地の作戦準備が不充分であることが明らかとなったから、なるべく速やかにこれを終結せしむることが得策である。
されば困難なることとは考えうるけれど、なるべく速かに戦争を終結することに取運ぶよう希望する…」(『時代の側面』)
天皇はさらに鈴木、木戸らの意見をいれ、六月二十二日、親しく懇談という形で戦争指導会議の六人を呼んだ。
この席で、しきたりを破って天皇が最初に発言した。
「六月八日の会議で、あくまで戦争を継続すると方針を決定したけれども、このさいいままでの観念にとらわれることなく、戦争終結についても、すみやかに具体的研究をとげて、これが実現に努力することを望む」
国策としての戦争終結のへの第一歩はこうして踏み出されたのである。
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「昭和天皇独白録」139頁〜138ページ 注 より
支那の一党独裁政権じゃないんだよ???
毛沢東が勝手きままに独裁していたのとは違うんだ。
陸軍ですら海軍の報告に騙されて南方に出て行っていたくらいですからね。
天皇陛下が大権を行使されたのは、2.26事件の終結と、戦争終結のご聖断のときだけです。
さ〜「24」見よう。
これは メッセージ 146604 (yominokuni56 さん)への返信です.
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