日中関係

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平型関の戦い

投稿者: racingschedule 投稿日時: 2007/10/08 22:49 投稿番号: [146538 / 196466]
1937年   9月23日   大陸



「後退しろー!!!」

  最後まで前線にとどまる殿軍の任務を与えられた大尉は声の限り叫んだ。
  早く。
  早く逃げろ。
  一兵でも多く逃げてくれ。

  そんな彼の願いを聞き届ける者はいなかった。
  彼にもたらされたのは、一発の銃弾。
  正確に彼の心臓を貫いたその一弾は、八路軍狙撃兵のものだった。
  彼は死の刹那見た。
  自分の身体を跨いで行く、数多くの中国人兵士を。

  意識が途切れる時、彼は悟った。
  帝国陸軍は戦争を失いかけていると。



  この日、1937年9月23日。
  林彪率いる八路軍が平型関における戦いで、板垣征四郎日本陸軍中将の第五師団を包囲攻撃。
  総兵力の七割を失い残りの兵の大半も八路軍の捕虜となった。
  司令官たる板垣中将は戦の中で割腹。
  この戦い、ただの会戦では終わらなかった。



  この敗北を機に、日中戦争は急速に終戦に向かうこととなったからだ。
  もちろん、大日本帝國の敗戦で。
 





「ああ、あの時は怖かったですよ本当に。戦線を持ちこたえられずにてんでばらばらに逃げ惑ってました。ええ、そりゃもう。私も自分が逃げるの手精一杯でした、もっとも自分のとこの小隊長は真っ先に逃げてましたがね。ああ、いや、あの状態でしたら誰もが命が惜しくなりますよ、ええ。司令官も戦死で次々と押し寄せてくる中国兵、もう二度と思い出したくないですわ。それで海軍の船で本土に帰り着いた時はそりゃうれしかったですよ。また、女房の飯が食えるってね」



――――ある元帰還兵の寓話

http://j.people.com.cn/zhuanti/Zhuanti_154_6_1.html
歴史を鑑とし、未来に向かう

われわれが歴史を振り返るのは、歴史から智恵と教訓をくみ取ることで、今日の生活と未来の方向をより良く把握するためである。中国人民抗日戦争と世界反ファシスト戦争の勝利は、われわれに非常にたくさんの、深く重要な教訓を与えてくれた。これらの教訓は、莫大な代価と引き換えに得たものであり、人類全体の貴重な財産として、記憶にしっかり刻まなければならない。
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