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Re: 日本の天皇の血筋は-武寧王は倭人か

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2007/10/05 23:38 投稿番号: [146424 / 196466]
>日本の編年史の記録によると、日本桓武天皇の母は古代の朝鮮の百済王国の国王の一族の人だ。

桓武天皇の母の「高野新笠」は百済の「武寧王」の200年後の子孫と言われています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%87%8E%E6%96%B0%E7%AC%A0

武寧王の子の「純陀太子」は日本で亡くなっており、そのすぐ三代子孫の「宇奈羅」が「和(倭)氏」を許されており、純陀太子の代から日本で暮らし「宇奈羅」代から「日本に帰化」したものと考えられます。
http://www.myj7000.jp-biz.net/clan/03/03013.htm#003
「高野新笠」は「武寧王」の「200年後の子孫」であり遺伝子的にも完全に日本人です。


ところで、「武寧王」は不思議なほど「百済より日本(倭国)の方に縁の深い王」です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E5%AF%A7%E7%8E%8B

武寧王は「日本生まれ」であり、「筑紫の加唐島」で生まれたので「嶋君」(諱は「斯摩(しま)王」)といいます。

「百済の加須利君(蓋鹵王)が弟の「軍君昆伎王」を倭国に人質として派遣する際、一婦人を与えて、途中で子が生まれれば送り返せと命じた。一行が筑紫の各羅嶋(かからのしま・加唐島)まで来たところ、一児が生まれたので嶋君と名付けて百済に送り返した。これが武寧王である」
とあるように、なぜか行く前から「倭国から子(武寧王)が送られてくる」ことが想定されています。

そして、即位できるようになると「百済の末多王(東城王)が暴虐であったので、百済の国人は王を殺し、嶋王を立てて武寧王とした」というように、言わば「クーデターで現在の百済王を殺し」て、新たな百済王になっています。(この「クーデターのシナリオ」はどこが書いたのでしょうか?)

そして「武寧王の子の純陀太子」も日本で暮らし日本で亡くなっています。
武寧王の墳は「王妃を合葬した磚室墳で棺材が日本にしか自生しないコウヤマキと判明したことも大きな話題となった。」とあるように棺材まで日本製です。

さらに、純陀太子のすぐ3代後の子孫は和氏(倭氏)の名を許されており、ことさら「倭」が強調されています。

最もシンプルに見るなら、「百済」は「武寧王のクーデター」以来「倭人」が王になったということです。
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