Re: 海自給油、-いつか来た道2
投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2007/09/11 14:59 投稿番号: [145302 / 196466]
>陸軍の派遣は断りましたが、海軍は特務艦隊を派遣して兵員救助等で多大な貢献をして英国から感謝されたと”Wikipedia”に記載されています。
確かにそれはそうなのですが、「全体的」にはどうなっていったかと言えば、
1)イギリスは日本陸軍のヨーロッパ派兵も求めていたが、外務大臣加藤高明は、国軍の「唯一ノ目的ハ国防ニ在ル」ので、「主義上、派兵ハ不可能」と拒否した。今で言えば「専守防衛」を主義とする日本国軍はアジア・太平洋地域の防衛や、イギリスの商船護送はまだしも、陸軍将兵を遠いヨーロッパに送ってドイツ軍相手に血を流すのは、日英同盟の範囲外であるし、「主義上」不可能である、という回答だった。
2)1915年に入り、連合国が不利な戦況となると、日本陸軍の派兵を求める声が強くなっていった。フランスの新聞はインドシナの割譲を条件に、日本軍の派兵を要請せよとさえ論じた。それまで日本の派兵不可能論に理解を示していたイギリスからも、バルフォア外相が「一体日本国民ハ日英同盟ノ範囲以外ニ於イテハ、何等戦闘ニ協力セズト言フ考ナリヤ」と非難した.
3)日本が連合国に大量の武器や弾薬を輸出して、大好況を享受し、またドイツを駆逐して南洋群島や中国への地歩を固めつつも、派兵を拒み続ける姿は、連合国側の猜疑を招いた。大戦終結1年前の1917年3月に開かれた大英帝国会議では、日本への非難に満ちた「日英関係に関する覚書」が配布された。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h16/jog328.htmlこの流れには、「いったん不信感に火がついた同盟関係」の崩壊の過程がよく見てとれます。
原則論に目を奪われ「失うべからざるもの」を失ったあとで「やっぱりやります」といっても手遅れです。
それに「インド洋で無料給油するのか」という問題は、「日本のシーレーンを維持する」のに「アメリカや国際社会を利用する」のと「独自路線を歩む」のと「どちらが国益となるか」という問題でもあります。
私は「インド洋給油」に徹して戦闘に巻き込まれない道を選んだのは賢明だと思います。一方小沢氏は、「一見正しい」ように見えて実は「いつか来た道」をはっきりと辿っています。
これは メッセージ 145296 (viet_cong1961 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/145302.html