日中関係

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違わないのです、jyouiさん

投稿者: harunatu17 投稿日時: 2000/11/04 20:30 投稿番号: [14513 / 196466]
>ちょっと違うみたいよ。
別トビにあった投稿だけどね。

とご紹介がありましたが。この投稿はもっと後の状況のようです。私が、<日露戦争後に、資本参加したがってた米国をはねのけて、満州の権益を独占したことがその後の日米関係の悪化につながったとよくいわれているのに。>を書いたとき、念頭に置いていたのは、日露戦争直後の、ハリマン提案をめぐる顛末です。

米国の”鉄道王”ハリマンは、戦後すぐに日本に乗りこみ、日露戦争で日本が得た南満州鉄道の経営を共同で行うことを打診します。彼は戦時中、日本が戦費調達のために発行した外債引き受けにも尽力してくれていたので(ということは、戦争中から計画してたんでしょう)、日本の政財界は歓迎します。特に元老達は、満鉄の権利は得たものの、資金と経験の不足、さらにロシアの復讐戦ということの心配があり、この話をうければ、資金はもちろん、経験に関しては相手は鉄道王だし、米国資本が入れば露への牽制にもなると読んだようです。それで、首相の桂とハリマンとの間に、日米共同の権利を持つシンジケートの設立に関する予備協定が結ばれます。で、ハリマンは帰国の途につくわけですが、ほとんど入れ違いに、ポーツマスでの条約締結を終えた外相小村が帰国します。この話を聞かされた小村は断固反対し、関係者、特に元老一人一人を説きまくり、ついに、この予備協定破棄にまでこぎつけました。ハリマンはサンフランシスコに着いてすぐこの破棄通告を受け取ります。小村の言い分も筋としては通っています。その時代ですし、日本が血を流して得た権利、特に賠償金が取れず国民の不満が高まっている時に、みすみす権利の半分を米国に渡してしまうとは何事かと。ただ、米は参戦はしなかったが、結構日本のために、動いてくれたんですね。長期戦には耐えられないこと、日本の上層部には最初から分かっていて、知られているように、伊藤は、時の米国大統領とハーバード大の同窓だった金子堅太郎を開戦前に米に派遣して、しかるべき時に講和のために動いてくれるように頼んでいて、米は実際にそうしました。

小村の行動には賛否両論があるようです。元老達は維新をくぐっただけあって、大局を見ることには長けていた、小村は新世代の大秀才で優れた外相でもあったけれど、この一事は失点であったとか。逆にそれは現代の見方であって、その後満鉄は発展し、この特殊権益を40年維持して収益を得たことを考えると、その時点での小村の行動は間違っていないとか。(実は、この事件の翌年、ハリマンは高橋是清に向かって、”10年以内に満鉄の経営について米と共同しなかったことを後悔することになるだろう”とか言ってるんですが、それは当たらなかったようだ。でも、その後の日米関係悪化の端緒として、よく持ち出される事件です。)

まあ、以上の顛末について考えてました。だから、裏金云々はともかくとしても、ペルーの話にしても、第4原発の米GE社の話にしても、米の企業がらみの話がでていたし、以上の歴史なんかも考えあわせて、JAVAさんのネタは興味深かったです。ただ、もちろん、時代性の違いとかあるんで、そのままは当てはまらないでしょうが。
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