日中関係

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re: 中国では最高の侮辱になるんですか?

投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2007/08/19 18:40 投稿番号: [144272 / 196466]
ちと横だが、当事者として一言

枝葉末節屁理屈揚げ足取りサー知らんきゃんきゃんコバ

これにつき解説すれば、

コバは常に枝葉末節にこだわり、本筋を見つめて論ずることをしない
コバは常に屁理屈に終始し、相手の指摘を交わそうとする
コバは常に相手の言葉を切り取り揚げ足を取る
コバは常に逃げ切れなくなると罵倒を吐き、あたかもきゃんきゃん鳴く犬のように振る舞う

むろん、これを読む各自異論もあるかもしれないが多くはここでも指摘されている要素である。むろん、枝葉末節屁理屈揚げ足取りサー知らんきゃんきゃんコバと言うとき、軽蔑の意図はある。が、事実と見なされているコバの要素を用いて軽蔑しているに過ぎない。

中国は歴史をねつ造する
中国は人民を弾圧している
中国は世界に軍事的脅威を与えている
中国は拝金主義に陥っている

などなど、おおくのマイナスイメージが語られているが、いくら中国が否定しようと事実として世界中に認識されているからであり、この形容詞で中国を語るとき、明らかに軽蔑の意味が含まれる。

しかし、私の母親が売春婦で、私が売春宿で生まれたなどはむろん事実無根であり、単に私、および私の母親を侮辱するためだけの言葉である。

評価はともかくとして事実に基づく枝葉末節屁理屈揚げ足取りサー知らんきゃんきゃんコバと言う言葉が、上記の売春宿うんぬんと同じ内容なのか、おなじベクトル上にあるかどうかは一目瞭然であろう。要するに、それを発想する精神のあり方による物だからだ。

精神が貧困であるコバには両者の区別が付かない。これが第一点

次に第二点として

たとえば、日本には焚書すべき書物がなかった、とコバは言ったが、これは日本が焚書をしなかったというのではなく、内容のある重要な歴史資料がなかったと言っているわけだ。コバがどれだけ意識をしたか走らないが、ここに中華思想の面目躍如たる物がある。

事実は中世において出版文化が広く庶民にまで行き渡っていたのは世界でも日本だけであり、これは当時突出して高かった一般の教育レベルが背景となっている。だからこそ、江戸時代には貸本屋が繁盛し、出版元が存在して、職業小説家が生まれ、瓦版が成り立った。為替や先物取引の概念が広く理解されたため世界に先駆けて実現した。

全国にわたって寺子屋、藩校、学寮、学問所などが分布し庶民の教養レベルをあげてきた。地方ごとに学者が存在し、農民による風土記など、現在でも数多く存在する。初等教育では寺子屋が読み書きそろばんを士農工商分け隔て無く普及させ、藩校、学寮などはいくつかが現在の大学の前身となっている。その意味で。明治時代に創設されたという日本の大学は実際には平安または鎌倉時代にもさかのぼる世界でも有数の歴史を誇る(足利学校)。

それだけの教育文化が有った日本で焚書が行われなかったのは(むろん言論弾圧はあったが)その価値がなかったからではない。

これらの事情をすべて無視し、コバは単に日本のレベルが低かったと、ごく自然に、裏付けもなく言い放ったわけだ。

コバに限らないだろうが、中国は必ず日本より優れている、したがって日本人が中国を批判するのは単なる悪意に基づいた悪口でしかない、との思いこみがある。これを中華思想という。

コバの罵倒には、前者の精神的貧困、そして後者の中華思想があるが、むろん、自覚はしていない。したがって、枝葉末節屁理屈揚げ足取りサー知らんきゃんきゃんコバは救いようがない。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)