日中関係

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Re: 理解できないだろね・・

投稿者: mirokuninoti 投稿日時: 2007/08/02 21:42 投稿番号: [143182 / 196466]
>統一中国を割拠した軍閥が統一中国を目指す最中で、日本は火に油で、
中国の分裂を企んで侵略した。

  は〜〜〜〜??
  松井石根がそうしろって言ってたのに、だれもしなかったんだろうが。

 
>日本の野心、侵略行為は国際社会から厳しく糾弾されて粉砕された。

 
  日本は駐屯してただけじゃ。
 
  治安が今も昔も悪いからな。
 
  日本の中華街に支那軍が駐屯しとるんか??
 
  日本のインフラに守られてぬくぬくしやがって。
 
  新架橋はちゃんと税金払えよ。
 
 
***
  南京攻略戦の司令官であった松井石根大将は、日本陸軍切手の中国通として知られていた。
  松井石根は、明治三十七(一九〇四)年に日露戦争に従軍しており、陸軍大学では首席卒業の経歴を持つ。
 
  自ら望んで、駐在武官として中国に十六年間勤務し、孫文の唱える「大アジア主義」に共鳴、日本に「大亜細亜協会」を設立し、孫文の中国革命を支援、蒋介石の日本留学の世話を行ない、アジアの独立解放を訴えていた。
 
  ところが、昭和十(一九三五)年に、永田鉄山軍務局長が陸軍省内で相沢中佐に惨殺されるという陸軍始まって以来の大不祥事件が起った。
 
  陸軍の派閥であった皇道派と統制派の抗争が表面化したのを見て、当時日本陸軍の重鎮であった松井は、あるまじき行為として、昭和十一年に自ら予備役に退いている。
 
  だが、翌年の昭和十二(一九三七)年八月十三日に、第二次上海事変が起るや、参謀本部は松井を予備役から現役に復帰させ、軍司令官として上海派遣軍を派遣した。
 
  このとき、松井大将は中国軍の精鋭化を充分に承知しており、五師団を要求したが二個師団のみの派遣となった。
 
  大将の予想通り、ドイツ軍事顧問により訓練され、一九三二(昭和七)年の国際停戦協定を違反し、上海周辺に強固な陣地を築いていた中国軍により、上海派遣軍は大苦戦を強いられた。
 
  そのため日本軍は三個師団を増援派遣したが戦線は停滞した。
  上海戦線の均衡が破れたのは、十一月に北支から第十六師団(京都)を上海へ送り、さらに三個師団を主力とする第十軍を中国軍防衛戦の後方に奇襲上陸させてからだ。
 
  このため中国軍は、雪崩をうって西の南京、南の杭州へと退却を始めた。
 
  これを南京へ二手に分かれて猛追撃を行なったのである。
***
  ドイツ軍事顧問により訓練され、一九三二(昭和七)年の国際停戦協定を違反し、上海周辺に強固な陣地を築いていた中国軍により、
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