Re: 武士の習い・・日々が戦場、その覚悟
投稿者: unkai98687 投稿日時: 2007/07/22 16:30 投稿番号: [142353 / 196466]
>お言葉ですが、そもそも武士の多くはもともと百姓や商人です。
(戦国時代でも豊臣秀吉や斉藤道三、北条早雲などが有名ですね。)
だだのお国自慢ですが・・・土佐の一領具足は、半農半兵の兵士および組織です。土佐の殿様・長曽我部元親はこの兵力で、戦国の風雲児の一人として、四国をほぼ平定しましたね。
『土佐の風土に根ざした郷土史家の先生にお話をうかがいたい、ということで、高知市郊外に近藤勝先生(元高知学園短期大学学長)を訪ねた。
(1)『功名が辻』より『夏草の賦』
近藤先生は、司馬さんの作品では『功名が辻』よりも長曾我部氏を描いた『夏草の賦』の方が好きだという。関ヶ原の戦いで長曾我部氏は西軍につき、領地を没収され、東軍についた山内氏はその領土を得、掛川六万石から土佐二十万石に”栄転”した。いわば”占領軍””進駐軍”である。そして、山内氏と掛川侍は、元々の土佐の住民である一領具足を家臣団に入れず、厳しい身分差を強いた。
土佐人を自認する近藤先生は、当然長曾我部氏に誇りを持つ。土佐一国を平定し、さらに秀吉に敗れたとはいえ、自力で四国をほとんど統一するほどの力を持っていた長曾我部氏はいわば四国の雄。元々六万石であった山内氏とは地力が違うという見方だった。さらに当然のことながら、”占領軍”である山内氏には好意的な見方をしていない。
長曾我部氏、山内氏、様々な見方があるが、近藤先生の見方は、土佐人の長曾我部・山内に対する広範かつ一つの典型的な見方を示していると思う。』
http://bonfa.hp.infoseek.co.jp/literature/komyo_kc.htm
これは メッセージ 142352 (n_o_i_s_e_m_a_n さん)への返信です.
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