Re: 中国人のための −項羽と劉邦
投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2007/07/08 22:57 投稿番号: [141232 / 196466]
>漢の高祖
劉邦は百戦百敗したが、負けるたびに家臣を増やしていった。
>楚の項羽はかつての家臣や部下に裏切られることになった。
劉邦は「俺にはよく分からん」と実践面のほとんど全てを部下や軍師に任していました。ただ、「義理堅い親分」だったので部下は「劉邦」を喜ばせたいと思いがんばりました。
項羽は何をやらせても天才的でした、しかしそのため何をやらせても部下が馬鹿でだめに見えてしまいそう口にするので部下は項羽のために戦おうとするモチベーションは下がる一方でした。
四面楚歌は「楚の懐かしい歌を聞かせて望郷の念に戦意を失わせるもの」であり歌を武器に使った珍しい例(まるでマクロスです。)ですし、劉邦軍らしい戦術でもあります。
>結局、仁徳の問題じゃ、ボケ!
それは同意です。
結局漢王朝もチャイナから駆逐されて日本にやってきましたが、今のチャイニーズが劉邦の血族だったなら「さぞ日本とうまくやっていただろう」と思います。
日本で「前漢王朝の末裔」は「漢(あや)氏(西漢氏)」、「後漢王朝の末裔」は「東漢(ひがしのあや)氏」として土地を与えられ臣(おみ)や連(むらじ)に名を連ねました。
(宮崎県に舞鶴公園という秋月家の跡地がありますが、そこに行くと「後漢の霊帝の末裔」とはっきり書かれています。)
これは メッセージ 141215 (racingschedule さん)への返信です.
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