突き放したところで・・・
投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2007/07/03 23:59 投稿番号: [140824 / 196466]
saruさんのお言葉・・
>私は日本を愛しません。
愛せません。
嫌悪感を覚えることは多々あります。<
それはそうでしょうとも。
愛する・・とか、好きになる・・とか、理解するなどと云うことは、そんなに簡単なことではありません。
付き合ううちに、うんざりするし、嫌(いや)にもなるし、嫌いにもなる。憎んで恨んで嫌悪して、さらに、そのうち怒りを発し、無視してやって、半ば諦め、いっそこの際、棄ててやる・・と。
そこに到(いた)って、ようやく少し見えてくる。
棄てても捨てても棄てられない、・・棄てても捨てても棄てきれない、
棄てても棄て切れずに何かが残り、憎んでも憎みきれずに何かが残る。
そうやって歳月が過ぎ、残った部分が積もり積もって愛着(あいちゃく)となる。
その愛着が、相手に対する愛であり、理解なのだ。
「な〜んで、こんなのが良(い)いんだろ?」・・自分で自分が分からなくなる。
愛も理解も、愛して愛せるものではないし、理解したくて理解できるものでもないでしょう。
恐らく、それは諦めて、憎んで棄てて突き放したところで見えてくるもの。
嫌悪感・・それを何回でも潜(くぐ)り抜けると、そのうち、やがて見えてくるでしょう・・・あちらの素晴らしい一面が。
これは メッセージ 140811 (kitaguninosaru1 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/140824.html