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Re: 夜逃敵前逃亡軍司令官を裁けない腰抜け

投稿者: igutikeigi771 投稿日時: 2007/07/03 19:24 投稿番号: [140806 / 196466]
シナ人は残酷だね!
悪評高き大陸人による台湾人に対する2.28事件(大虐殺)。


1947年2月27日、台北市でヤミタバコを販売していた女性を国民党政府官憲(台湾専売局台北支局密売取締員6名および警官4名、酒タバコ砂糖塩等すべて国民党によって接取し、”国有化”されたため)が発見。女性(林江邁40歳、2人子持ちの寡婦)が土下座し、許しを懇願したにもかかわらず、公道でその女性を銃剣の柄で殴打し、商品および所持金を没収するという事件が起こった。さらに取締官が怒りで震えて集まった民衆に対し、発砲し、まったく関係ない見物人(陳文渓)を射殺した。これにかねてから不満があった市民の怒りが爆発。翌28日以降、それに対する抗議行動・外省人に対する無差別攻撃・暴動が台湾全島に拡がり、もともと台湾に住んでいた本省人は、戦後台湾に移住して強権を恣(ほしいまま)にする外省人と、外省人によって成り立っていた国民党政府に対して抗議活動・襲撃等を起こした。このとき、本省人がラジオ放送局を占拠。軍艦マーチと共に日本語で「台湾人よ立ち上がれ!」との放送を行った。

当初、国民党政府は本省人側に対して対話姿勢を示していたが、台湾行政長官兼警備総司令・陳儀(妻が日本人、のちに中国共産党に寝返り、1950年6月18日に蒋介石によって台北馬場町にて公開銃殺処刑された)は反乱民衆に対話を装いながら一方、大陸の国民党政府に「政治的な野望を持っている台湾人が大台湾主義を唱え、台湾人による台湾自治を訴えている」「台湾人が反乱を起こした」「組織的な反乱」「独立を企てた反逆行為」「奸黨亂徒に対し、武力をもって殲滅すべし」と電報を蒋介石に送る。蒋介石も調べもせずに、陳儀の書簡の内容を鵜呑みにし、そのため、翌月、
●第21師団の援軍が大陸から到着してからは国民党政府による大弾圧が始まった。裁判官・医師・役人をはじめ日本統治下で高等教育を受けた
●エリート層の多数が逮捕・投獄・拷問され、
●その多くは自宅に帰ることはなかった。また、国民党軍が一般市民にも無差別的な発砲を行っていたとする証言も多数あり、真実と思われる。

基隆では街頭にて国民党軍が検問所を設け、
●市民に対し、北京語をうまく話せない本省人をすべて逮捕し、紐で数人ずつ縛り、束ね、粽(チマキ)と称し、トラックに載せ、そのまま基隆港に投げ込んだとの証言もあり、約28000人が殺害・処刑され、彼らの財産や研究成果の多くが接収されたといわれ、死者数を確定しようとする試みは、いまも政府・民間双方の間で行なわれている。

(所謂シナ人の得意な大虐殺が行われた)


このとき発令された戒厳令は40年後の1987年まで継続し、国民党政府による、いわゆる白色テロや強権による暴力支配は永らく続いた。国民党が戒厳令を解除し、民主化がはじまった1987年の後も、戒厳令は解除されたとはいえ、国家安全法によって言論の自由が制限されていた。民主化が実現するのは、李登輝総統が1992年に刑法を改正して、言論の自由が認められてからのことである。
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