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Re: 単純な質問 -飢饉の極限状態

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2007/06/24 15:29 投稿番号: [140033 / 196466]
>倭人は中国の文化大革命時代の飢饉状態を誇張し、あたかも倭国にそんな暗黒な一面がなく、すべてきれいに【洗いなおした歴史】であるように、主張するのは、どうかしている。

「天保の大飢饉」等のことは日本では教科書でも習っていますし、小さい頃「アシュラ」というジョージ秋山のマンガでトラウマになるほどやっていたもので、日本では「あったことはあったこと」でまるで隠していませんね。

「当初なんとか子供を生かそうとした母親も子が衰弱死すると、思わず食べてしまう」など、それは「飢饉の悲惨さや醜さ」ということですが、結局は「極限状態の人間の生への執着と選択」というものを読者に突きつけたもので、チャイニーズの「食べる楽しみ」としての「食人」とはまるで異なります。

また、日本人は明治までは牛も食わず、魚や鳥が動物性たんぱく質であり大型でもせいぜい猪や豚ぐらいで、特にチャイナ・コリアンのような「内臓料理」の伝統がないことは「おいしんぼ」でも指摘されていた通りです。

(牛馬は神社に「神牛」「神馬」として飼われていたように「神聖な動物」であり農家にとっては「一家を支える貴重な労働源」でした。)

牛や豚の内臓料理を常食する種族であれば、死体となった人間の内臓を料理するのもさほど抵抗ないでしょうが、魚(や鳥)、植物を常食する日本人にとって人間や牛馬を食べるのは恐ろしく抵抗のあることです。

それが理解できてこそ
「牛馬の肉を食するのはふつうで、人肉を食する者さえあり、老母の死体を五百文で売買し、嬰児(えいじ)を食う母親もあり」
の「極限状態」が理解できます。

(「老母の死体」が売れるというのも凄い状況ですし、「自分で食べずに売る」のも「せめてもの自分自身に対する言い訳」というか「慰め」でしょう。)
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