主権在民----孟子
投稿者: tokyo_made_otearai_benki 投稿日時: 2007/06/18 12:33 投稿番号: [139298 / 196466]
主権在民
民為貴、社稷次之、君為軽。是故得乎丘民而為天子、得乎天子為諸侯、得乎諸侯為太夫。諸侯危社稷、則変置。犠牲既成、粢盛既潔、祭祀以時。然而旱乾水溢、則変置社稷。
民が一番貴い。次ぎが豊穣の守護神(社稷)。君主はその下である。民の支持を得れば天子になれるが、天子の支持を得ても諸侯にしかなれない。諸侯の支持を得てもせいぜい大臣だ。社稷をないがしろにする諸侯は取替えて良い。生贄、五穀を供えて正しく祭っても干ばつ洪水が起こるようなら社稷も取替えてよい。
湯武放伐論
曰、弑其君、可乎。
孟子対曰、賊仁者謂之賊、賊義者謂之残。残賊之人、謂之一夫。聞誅一夫紂矣、未聞弑君也。
「臣下でありながら、主君を殺してもよいものだろうか」
孟子応えて言う「仁を損う者を賊という。義を損う者を残という。残賊の人は主君ではなくただの人間でこれを一夫と言う。一夫である紂を誅したと聞く。主君を殺したとは未聞である(聞いてない)。」
自由論
敢問、何謂浩然之気。曰、難言也、其気為也、至大至剛、以直養而無害、則塞于天地之間、其為気也、配義与道。無是餒也。
敢えて問う、何をか浩然の気と謂う。一口には言えない。その浩然の気と言うのは、このうえなく広大で、この上なく剛健なもの、素直に正しく養えば、天地の間に充満する。その浩然の気と言うものは、義と道とに伴われている。さもなければ消える。[自由の深意である]
労心者治人、労力者治於人。治於人者食人、治人者食於人。天下通義也。
心を労する者は人を治め、力を労する者は人に治めらる。人に治めらるる者は人を養い、人を治むる者は人に養われる。これが天下の常道である。
今日、日本語として日常的に使われている、
五十歩百歩
助長
私淑
惻隠の情
是非
は「孟子」にその出典をもとめることができる。
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