Re: 生ものは −シナ族の性質形成
投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2007/06/17 12:38 投稿番号: [139211 / 196466]
>「道教」と「老荘思想」混同する方じゃないか!?
道教はキリスト教まで取り入れる「何でもあり」の宗教であって
「老子も取り入れている」というだけですが。
「本来の道教の目的」は「不老長寿」の手段となりそうなものを「なりふり構わず集めたもの」であって「精神を高める」といったこととは無縁です。
(やがて圧政や法外な賄賂に苦しめられる人民の「怨嗟を糾合する器」と化していきましたが。)
ただ、老子も「それ以前の神仙道など」を取り入れ理論化したものでそのルーツは「日本の古神道」は繋がっています。
それに「自然界の仕組み」というブラックボックスをとりあえず「神」というモデルに仮託して「その神秘を究明しよう」としたのは、当時としては「科学的アプローチ」だったといえます。
(その結果として天体の運行や方位、暦を定め、陰陽の二元論を生み、木・水・火・金・土の素材を用いて陶磁器作りや鉱工学、製塩法、治水工学の発展などに繋がっていきました。)
一方、現在のシナ人の祖には、そのような方面での科学的アプローチの素養が備わっていませんでした。
北方の狩猟・原始牧畜民族であった彼らにとっては、
1)獲物となる動物の生態を知り、「いかに騙し罠を張って捉えるか」の技術は発達していた
2)自分より弱い動物は執拗に追い掛け回し、強い動物は避けた。
(ただし強い動物も弱っているのを知れば豹変しとことん弱みを突いた)
3)放牧も「羊が逃げ出さないよう」にはするが「餌は羊が勝手にとるもの」であり、作物も「手近かな実を取る」かせいぜい「直播きで勝手に生えてくるもの」であって「愛情を持って大切に育てる」いう発想は根本的に欠如していた
4)「一ヶ所の草木を食べ尽くせばまた次の土地に移ればよいだけ」という発想で生きてきた。
5)主な食料は「動物の肉・内臓」であって、餓えれば人間(特に柔らかい乳児・幼児)さえもさほど抵抗なく食べて味を覚えてきた。
ということでしょうね。
これは メッセージ 139205 (xiaorenfanshi さん)への返信です.
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