日中関係

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Re: 「蟹」と「文盲」の相関関係?

投稿者: unkai98687 投稿日時: 2007/06/16 13:10 投稿番号: [139139 / 196466]
>>歴代の中国の支配層はもとより、なによりも中国人自身が「私心を捨てて公に尽くすという」精神を持たず、モラルある国作りを一度もしてこなかったことが直接の原因なんだぜ。>>

>君は、何処で勉強したのであろうか?
明治時代以前に、日本国民、国家、外交、と云う概念が日本にあったのか?雲海君。


返事を返すのがあまりにも馬鹿らしくなったな・・・「国作り」とは、何も近代国家の建設をさすだけの言葉じゃないんだぜ。ふう〜(嘆息)   いつの世も国があり民がいる。

どうも、討論すべき相手ではなさそうだから・・・日本人の公共性がいかにして育まれて来たかという事例を一つだけ述べて、下らない会話は終わりだ。(現代の先進諸国では、モラルや公共性に欠ける中国民族は蔑まれていると早く気づけ!)


古事記・・・「ある日、難波の高津宮に居られた天皇は高台に上られて、なんとはなしに四方を眺めていて、村々から立ち上がるかまどの煙が少ないことに気付かれた。これは、きっと不作で食べ物が足りないためだろう。都に近いところでさえこんな有様なら、都を遠く離れた国々の人々はさぞかし苦しんでいるだろうと、不憫に思われた天皇は、6年のあいだ、税の取立てを免除するという政策を実施しました。そのため天皇家への収入は無く、御所は荒れ果てて、雨漏りがするようになりました。しかし、天皇は庶民の苦しみを考え、修理もせず、お召し物も新しくおつくりになることはありませんでした。」

「さらに天皇は、堤を築かせ、池を掘らせて農業の振興をはかりました。人々も天皇の気持ちを察し、自分の務めに励み、国は栄え、村々にもやがてかまどの煙がたくさんたなびくようになりました。」

「のちに、御所の修繕を行ったとき、老若男女、われもわれもと手伝いに押しかけ、木材を運び、土を運んだと言います。天皇が崩御された後、その恩に報いるために人々が進んで労役を提供し、あのような巨大な御陵ができあがりました」


sintyou5 ・・・    もう、見苦しい捨て台詞は、うっとうしいから返してくるな!!!
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