Re: 此地無銀300両
投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2007/06/16 00:10 投稿番号: [139085 / 196466]
139050 jm_s1960さんのお言葉
>何故か馬鹿な日本人は反省、謝罪の後、必ず言い訳する、更に否定する、叩かれたら今度又可哀相のような反省、謝罪…、60年間ずっと同じ事を繰り返す…
馬鹿な日本人は何を考えてるでしょう?<
ホントに困ったものです。
これは日本人の特徴であり、日本人の謝罪の模様を観察すれば日本をより良く理解することができます。
最近の事件
「グッドウィル・グループ」の折口雅博会長の場合、
コムスンの処分逃れ、グループ内での事業譲渡は脱法的であると批判されると、深々と頭を下げ、神妙な表情で謝罪し、反省の姿勢を示すものの、同時に「それは利用者、従事者の不安解消の為であった」と弁解し、更に「脱法行為であるとは考えなかった。悪意はなかった」と言う。
つまり、悪いことをしたけれど、悪気(わるぎ)・・悪意はなかったと言うのである。
インサイダー取引事件で告訴された村上ファンドの前代表、村上世彰(よしあき)被告の場合、
被告は6月12日、東京地方裁判所の最終弁論において
「反省すべき点はあるが・・意図的に法を犯す人間ではない」と意見陳述した。
つまり、「悪いことしたけど、悪意はなかった」と言うのである。
日本人にとって問題となるのは、悪いことをしたかどうか、その行為の是非ではなく、悪意であったかどうか、その動機の良し悪し。
「悪気はなかった」と弁解するなら、その罪も多少は軽減、上手くゆけば許してもらえる。
罪は認めても、「悪気はなかった」「私は悪人ではない」と言いたがり、それによって一応、人としての人格だけは保全され、世間に顔が出せる。
面子が保てると云う次第。
昔、世間から「人非人(にんぴにん)」と糾弾されたなら、村社会の日本では生きてゆかれないから絶体絶命、最大の恐怖だったからでしょう。
戦争についての謝罪も、「結果的には侵略してしまったが悪意はなかった。良かれと思って最善を尽くしたが、結果的に失敗して不本意ながらご迷惑(麻煩)をかけてしまっただけのこと。ごめんね・・」と云うような言い方。
神妙(しんみょう)な、つまり、反省して苦しんでいるような深刻な表情を見せながら、その割には「ふてぶてしい」、無反省の態度を隠しません。
表面の偽善の態度と内面の不服の本心。表裏が不一致であっても、日本人社会では許されてきたから、今でも日本人はその裏腹を巧(たく)みに使い分けて罪を逃れようとする。
外国人から眺めれば、ホントに不可解な言動でありましょう。
日本人の愚かさは、そんな日本独特の弁解が外国にも通用する、外国人にも解かってもらえると思い込んでいるところ。
安倍首相なんかも、その精神構造は田舎者(郷下土包子)なのですね。
情けなくて、情けなくて、私は涙がこぼれそうになりますですよ。
>何故か馬鹿な日本人は反省、謝罪の後、必ず言い訳する、更に否定する、叩かれたら今度又可哀相のような反省、謝罪…、60年間ずっと同じ事を繰り返す…
馬鹿な日本人は何を考えてるでしょう?<
ホントに困ったものです。
これは日本人の特徴であり、日本人の謝罪の模様を観察すれば日本をより良く理解することができます。
最近の事件
「グッドウィル・グループ」の折口雅博会長の場合、
コムスンの処分逃れ、グループ内での事業譲渡は脱法的であると批判されると、深々と頭を下げ、神妙な表情で謝罪し、反省の姿勢を示すものの、同時に「それは利用者、従事者の不安解消の為であった」と弁解し、更に「脱法行為であるとは考えなかった。悪意はなかった」と言う。
つまり、悪いことをしたけれど、悪気(わるぎ)・・悪意はなかったと言うのである。
インサイダー取引事件で告訴された村上ファンドの前代表、村上世彰(よしあき)被告の場合、
被告は6月12日、東京地方裁判所の最終弁論において
「反省すべき点はあるが・・意図的に法を犯す人間ではない」と意見陳述した。
つまり、「悪いことしたけど、悪意はなかった」と言うのである。
日本人にとって問題となるのは、悪いことをしたかどうか、その行為の是非ではなく、悪意であったかどうか、その動機の良し悪し。
「悪気はなかった」と弁解するなら、その罪も多少は軽減、上手くゆけば許してもらえる。
罪は認めても、「悪気はなかった」「私は悪人ではない」と言いたがり、それによって一応、人としての人格だけは保全され、世間に顔が出せる。
面子が保てると云う次第。
昔、世間から「人非人(にんぴにん)」と糾弾されたなら、村社会の日本では生きてゆかれないから絶体絶命、最大の恐怖だったからでしょう。
戦争についての謝罪も、「結果的には侵略してしまったが悪意はなかった。良かれと思って最善を尽くしたが、結果的に失敗して不本意ながらご迷惑(麻煩)をかけてしまっただけのこと。ごめんね・・」と云うような言い方。
神妙(しんみょう)な、つまり、反省して苦しんでいるような深刻な表情を見せながら、その割には「ふてぶてしい」、無反省の態度を隠しません。
表面の偽善の態度と内面の不服の本心。表裏が不一致であっても、日本人社会では許されてきたから、今でも日本人はその裏腹を巧(たく)みに使い分けて罪を逃れようとする。
外国人から眺めれば、ホントに不可解な言動でありましょう。
日本人の愚かさは、そんな日本独特の弁解が外国にも通用する、外国人にも解かってもらえると思い込んでいるところ。
安倍首相なんかも、その精神構造は田舎者(郷下土包子)なのですね。
情けなくて、情けなくて、私は涙がこぼれそうになりますですよ。
これは メッセージ 139050 (jm_s1960 さん)への返信です.
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