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支那からナマ投稿中 ⑦

投稿者: wansuiwansuiwanwansui 投稿日時: 2007/06/13 23:32 投稿番号: [138913 / 196466]
いまだにモテない支那人の嫉妬の嵐を浴びておるようだ。

嫉妬の余り、
清い交際を“買春だ。”
家族に仕送りする純朴な田舎娘を“売春婦”呼ばわりしている輩がおる。

よろしい。
ここで絶対売春婦で有り得ない“処○”のお話をしよう。

今から十数年前広東に留学中のこと。
俺の情報源は香港。インターネットなど無い時代のこと、
香港で新聞やら雑誌やらを仕入れて情報収集しておると、
大陸で彼らの言う“北妹”と出会う為の情報が沢山載っていた。

それを参考に珠江三角州一帯を探検したものだ。
今と違って高速どころか道は凸凹、泥濘と砂埃、道を横切る水牛、頻繁に故障する空調無しぼろバス、中には武装警察が小遣い稼ぎにやっているバスも。とにかく散々な移動だ。

情報通り“大路妹”と出会えることもあれば、公安の手入れ後で、何も無い事もある。

あるとき深センの有名な春風路(今は高層ビル街と化しているはず)の髪廊街で声を掛けられるまま頭を洗った。その小姐は四川の万県出身の19歳、○麗といった。その一帯の髪廊は怪しげなのもあるが、その店は一線は越えない店だった。俺は毎週のように通って店の小姐達と食事したり世間話をしたりしていた。

店の小姐達は下は16歳くらいから上は20代半ばくらい、中には田舎に子供二人を置いてきているなんて娘もいた。(一人っ子違反も農村では珍しくない)

ある日、○麗は店の阿○と一緒に店を辞めるという。実家が三峡ダムに沈む為に強制移転をさせられるが、土地が命の農家にとって命取りだ。○麗は一生懸命家に仕送りをしていたが、流石にそんな生活に疲れてしまったようだ。

それまでは店の裏の掘っ立て小屋(本当に物置以下の小屋)に店の同僚達とすし詰めで住んでいたが辞めたら住むところが無くなる。
俺は仕方なく深センの崗厦という村に1000元/月で部屋を借りてやった。
家財道具も揃えた。(と言っても目茶安)
そして毎週末、○麗と阿○の住む部屋に通った。

そんな生活が半年ほど続いた頃、俺は留学を終え帰国する事になった。
それを知って○麗は言った
「深センで女一人で生きていくのはとても大変で危険なの。これまでも何度も危険な目に遭ったけどここまで守り抜いてきたモノをwansuiwansuiwanwansuiにあげたい。そうでないときっと私は不本意に汚されてしまう。お願い!」

勿論俺は彼女の望みを叶えてあげた。

そして翌朝、俺は深センから徒歩で香港に向かった。
国境の出境検査場の前で涙を流す○麗。
別れのキスの後、俺は後ろを振り向かず一直線に香港に歩いた。

現在彼女もとうに30歳を超えているはずだ。
どこで何をしているのだろう。
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