天安門を忘れるな!外交官を銃撃脅迫
投稿者: sky_yamato2143 投稿日時: 2007/06/05 20:02 投稿番号: [138347 / 196466]
韓国新聞「朝鮮日報」
【萬物相】18年前の「天安門事件」を振り返る
http://www.chosunonline.com/article/20070605000063
アメリカのリリー大使の回顧録
【北京の外交官アパート団地も人民解放軍の機関銃の洗礼を浴びた。】
中国指導部は当時、アパートの屋上に狙撃手が隠れていたので機銃掃射を行ったと主張した。
【しかし本当の目的は、外交官アパート団地のバルコニーから天安門広場を眺め、状況を本国に報告しようとする外交官らを脅迫することにあった】
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【萬物相】18年前の「天安門事件」を振り返る
天安門事件
1989年6月、北京の米国大使館職員らは天安門広場のデモ隊の中に混じり、情報収集に当たっていた。リリー大使はある晩、部下から緊急報告を受けた。領事や職員は「西側から豆を炒るような音がする」と報告し、ほかの地域に派遣されていた武官府の職員は「装甲車の隊列が広場に向け移動している」と伝えた。また、装甲車が狂ったかのように群衆に向け突進しているという報告もあった。これが「天安門大虐殺」と呼ばれる流血の事態の始まりだった。
この一連の武力鎮圧の中で、北京の外交官アパート団地も人民解放軍の機関銃の洗礼を浴びた。ある人民軍将校がひそかに知らせてくれたおかげで、多くの住民はあらかじめ避難していたが、逃げ遅れた7人が生命の危機に立たされた。中国指導部は当時、アパートの屋上に狙撃手が隠れていたので機銃掃射を行ったと主張した。しかし本当の目的は、外交官アパート団地のバルコニーから天安門広場を眺め、状況を本国に報告しようとする外交官らを脅迫することにあったと言われている。こうした話は、すべてリリー大使が回顧録に記したものだ。
その数日後、ただ1人素手で戦車に立ち向かう若者の後ろ姿を写した写真が世界に広がった。米タイム誌が98年に発表した「20世紀最も影響力のあった人物100人」にも選ばれたこの若者は、「無名の反逆者」「戦車男」と呼ばれた。その若者について、名前は王維林だという説があり、その後の安否についても「現場で逮捕、処刑された」「別のデモで死亡した」など、さまざまな話が伝えられているが、事実として確認されたものはない。また、最近では台湾に住んでいるとのうわさも流れた。
ところで、天安門事件18周年記念日の今月4日を前後し、中国各地で新たな形態の民主化デモが起きている。携帯電話の文字メッセージでデモ隊を組織し、デモの映像やブログをインターネットに載せ、波及効果を狙うというやり方だ。先週、福建省で9000人余り、広西自治区では4000人余りがデモを繰り広げた。いっぺんに100万通を送信する文字メッセージの威力に、中国当局も驚きを隠せないでいるという。
毛沢東は「“一つの火種が広野を燃やす”という格言は、最近の事態がどのように発展するかを適切に描写している」と評した。これは、30年代の労働者のストや農民蜂起を念頭に置いた言葉だが、天安門事件の分析にも有効だ。今後、中国がどのような政治体制を選ぶかは中国人の選択にかかっている。しかし、国際秩序で一つの軸を担う巨人・中国がどのような政治的変化を果たすかについては、今や中国だけの問題ではなく、世界が不安な目で見守る問題になっている。
姜仁仙(カン・インソン)論説委員
【萬物相】18年前の「天安門事件」を振り返る
http://www.chosunonline.com/article/20070605000063
アメリカのリリー大使の回顧録
【北京の外交官アパート団地も人民解放軍の機関銃の洗礼を浴びた。】
中国指導部は当時、アパートの屋上に狙撃手が隠れていたので機銃掃射を行ったと主張した。
【しかし本当の目的は、外交官アパート団地のバルコニーから天安門広場を眺め、状況を本国に報告しようとする外交官らを脅迫することにあった】
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【萬物相】18年前の「天安門事件」を振り返る
天安門事件
1989年6月、北京の米国大使館職員らは天安門広場のデモ隊の中に混じり、情報収集に当たっていた。リリー大使はある晩、部下から緊急報告を受けた。領事や職員は「西側から豆を炒るような音がする」と報告し、ほかの地域に派遣されていた武官府の職員は「装甲車の隊列が広場に向け移動している」と伝えた。また、装甲車が狂ったかのように群衆に向け突進しているという報告もあった。これが「天安門大虐殺」と呼ばれる流血の事態の始まりだった。
この一連の武力鎮圧の中で、北京の外交官アパート団地も人民解放軍の機関銃の洗礼を浴びた。ある人民軍将校がひそかに知らせてくれたおかげで、多くの住民はあらかじめ避難していたが、逃げ遅れた7人が生命の危機に立たされた。中国指導部は当時、アパートの屋上に狙撃手が隠れていたので機銃掃射を行ったと主張した。しかし本当の目的は、外交官アパート団地のバルコニーから天安門広場を眺め、状況を本国に報告しようとする外交官らを脅迫することにあったと言われている。こうした話は、すべてリリー大使が回顧録に記したものだ。
その数日後、ただ1人素手で戦車に立ち向かう若者の後ろ姿を写した写真が世界に広がった。米タイム誌が98年に発表した「20世紀最も影響力のあった人物100人」にも選ばれたこの若者は、「無名の反逆者」「戦車男」と呼ばれた。その若者について、名前は王維林だという説があり、その後の安否についても「現場で逮捕、処刑された」「別のデモで死亡した」など、さまざまな話が伝えられているが、事実として確認されたものはない。また、最近では台湾に住んでいるとのうわさも流れた。
ところで、天安門事件18周年記念日の今月4日を前後し、中国各地で新たな形態の民主化デモが起きている。携帯電話の文字メッセージでデモ隊を組織し、デモの映像やブログをインターネットに載せ、波及効果を狙うというやり方だ。先週、福建省で9000人余り、広西自治区では4000人余りがデモを繰り広げた。いっぺんに100万通を送信する文字メッセージの威力に、中国当局も驚きを隠せないでいるという。
毛沢東は「“一つの火種が広野を燃やす”という格言は、最近の事態がどのように発展するかを適切に描写している」と評した。これは、30年代の労働者のストや農民蜂起を念頭に置いた言葉だが、天安門事件の分析にも有効だ。今後、中国がどのような政治体制を選ぶかは中国人の選択にかかっている。しかし、国際秩序で一つの軸を担う巨人・中国がどのような政治的変化を果たすかについては、今や中国だけの問題ではなく、世界が不安な目で見守る問題になっている。
姜仁仙(カン・インソン)論説委員
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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