心中の話。
投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2007/05/30 21:37 投稿番号: [138025 / 196466]
>何事にもドライな中国では、近年まで心中(言葉も)はなかったとのこと。そこにいたる男女間の微妙な機微や葛藤を理解しはじめ、それに一種の憧れを抱き、まねる人々が出て来たのは日本文学の影響によるものだそうです。<
昨年の秋、雲南省を旅行したのだけど、麗江の古城の北の方に「玉泉公園」と云う公園があります。大きな池のほとりに「亭」と云うのか「楼」と云うのか、美しい建築物があります。
案内してくれた人の話によると、この建物の中で、以前、若い男女の心中事件があったそうです。
中国人の心中事件を不思議には思わないけれど、私がギョッとして驚いたのは、その死に方。
若い2人は油をかぶって焼身自殺したんだって。
玉泉公園での話を思い出すにつけて、ぞっとしてしまう。
日本の若い2人なら、そんな傷(いた)ましい死に方を望むだろうか?
日本の2人なら、運命に従い、諦めの果てに心中。
中国の2人は運命に逆らい、激情(怒り)の果てに心中。
もしかしたら、そんな違いがあるのかも?
昔、日本の社会は身分のけじめが、とても厳しかった。
身分の違う男女が好きになっても、それは「道ならぬ恋」であり、この世では絶対に許されない。
だが、二人とも死んでしまえば身分の垣根は消えてなくなり、罪はなくなり、責められる理由もなくなり、死後の「あの世」でならば夫婦として一緒になれる。
墓にも一緒に葬られる。
心中は、身分違いの二人が一緒になるための、唯一の手段だったのでしょう。
これは メッセージ 138018 (palmereldritch608 さん)への返信です.
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