Re: 日中関係の最終解決方法
投稿者: fvth2006 投稿日時: 2007/05/21 01:04 投稿番号: [137219 / 196466]
>ご意見は概ね賛成しますが、仰っていることはやはり「樹木」に関していることであり、「森林」には及んでいませんね。
”木を見て森を見ず”の私から、
”森を見て木をみない”xiaorenfanshiさん、hoppeoniさんへ。
到達点は”樹木から森林まで見通す”こと。
個々の樹木の観察を積み重ねて森林全体を捉えようが
森林全体の観察から出発して個々の樹木の状態を捉えようが
アプローチの仕方が異なるだけで到達点は変わらない。
数学的に演繹法と帰納法と区別しても良い。
最終的な結論が同じであれば、どちらが正しくて
どちらが間違っているかなどという議論は無意味ということ。
日本では古来より、それぞれの分野で”道”を極める
ことを非常に重視する傾向があります。
華道、茶道、剣道、柔道など、いろんな分野に”道”
をつけるのはその一つのあらわれ。
その道の達人というと、例外を除いて通常我々が抱く
イメージは、人格的に優れ、普遍的な思想を持ち、
物事を大局的に見ることができる聖人、仙人の
ような人物です。
どうしてそういう見方をするかというと、日本では
どんな小さなものにも神(西洋的な神ではなく、
物事の本質、真理といったほうが良い)が宿っており、
その道を極めるということは、その真理、優れた叡智
を己のモノとするということで、それによって同時に
全世界でも通用する真理、普遍的なモノの考え方も
できるようになる、と考えるからです。
”ものごとの真理は些事に宿る”とも言われます。
そういう思想が日本に深く根付いていて、欧米のような
総合的に仕事をこなすジェネラリストより、その道一筋
の職人、プロフェッショナルを尊ぶ傾向が日本にはある。
日本が技術的に世界をリードしてきたのは、そういう
気質が少なからず影響しています。
歴史的に見れば、これもおそらく古代中国から渡って
きた思想の一つかもしれない。
しかし少なくとも今の中国(特に中国政府)には、
そういう考え方は主流にならず、むしろ
”木を見て森を見ず”の例として嘲笑の対象にすら
されるでしょう。少なくともこの掲示板を見る限り。
しかし我々日本からすると、中国は森林、世界と
大きな事を言っているが、樹木、些事を疎かにして
いるようでは世界の本質を理解することなどほど遠い、
そうしているかぎり中国は日本の脅威にはなり得ない
だろう、と見くびりたくなる。
中国にしろ日本にしろ、どちらも過程の一部しか見ずに
樹木だけ見ている、森林だけ見ているなどと相手を
蔑んでいる限りは、どっちもどっちの愚かさを晒して
いるに過ぎないのではないですか。xiaorenfanshiさん?
蛇足ですが、現代宇宙物理学の最先端の仕事は、
極めて微細な世界(量子論的世界)の出来事を観察
して宇宙の構造や起源を推定することです。
宇宙(森林)を相手にしているのだから
量子(樹木)にこだわるなどまだまだ半人前だ
などと言ったら、それこそ大笑いの種です。
”木を見て森を見ず”の私から、
”森を見て木をみない”xiaorenfanshiさん、hoppeoniさんへ。
到達点は”樹木から森林まで見通す”こと。
個々の樹木の観察を積み重ねて森林全体を捉えようが
森林全体の観察から出発して個々の樹木の状態を捉えようが
アプローチの仕方が異なるだけで到達点は変わらない。
数学的に演繹法と帰納法と区別しても良い。
最終的な結論が同じであれば、どちらが正しくて
どちらが間違っているかなどという議論は無意味ということ。
日本では古来より、それぞれの分野で”道”を極める
ことを非常に重視する傾向があります。
華道、茶道、剣道、柔道など、いろんな分野に”道”
をつけるのはその一つのあらわれ。
その道の達人というと、例外を除いて通常我々が抱く
イメージは、人格的に優れ、普遍的な思想を持ち、
物事を大局的に見ることができる聖人、仙人の
ような人物です。
どうしてそういう見方をするかというと、日本では
どんな小さなものにも神(西洋的な神ではなく、
物事の本質、真理といったほうが良い)が宿っており、
その道を極めるということは、その真理、優れた叡智
を己のモノとするということで、それによって同時に
全世界でも通用する真理、普遍的なモノの考え方も
できるようになる、と考えるからです。
”ものごとの真理は些事に宿る”とも言われます。
そういう思想が日本に深く根付いていて、欧米のような
総合的に仕事をこなすジェネラリストより、その道一筋
の職人、プロフェッショナルを尊ぶ傾向が日本にはある。
日本が技術的に世界をリードしてきたのは、そういう
気質が少なからず影響しています。
歴史的に見れば、これもおそらく古代中国から渡って
きた思想の一つかもしれない。
しかし少なくとも今の中国(特に中国政府)には、
そういう考え方は主流にならず、むしろ
”木を見て森を見ず”の例として嘲笑の対象にすら
されるでしょう。少なくともこの掲示板を見る限り。
しかし我々日本からすると、中国は森林、世界と
大きな事を言っているが、樹木、些事を疎かにして
いるようでは世界の本質を理解することなどほど遠い、
そうしているかぎり中国は日本の脅威にはなり得ない
だろう、と見くびりたくなる。
中国にしろ日本にしろ、どちらも過程の一部しか見ずに
樹木だけ見ている、森林だけ見ているなどと相手を
蔑んでいる限りは、どっちもどっちの愚かさを晒して
いるに過ぎないのではないですか。xiaorenfanshiさん?
蛇足ですが、現代宇宙物理学の最先端の仕事は、
極めて微細な世界(量子論的世界)の出来事を観察
して宇宙の構造や起源を推定することです。
宇宙(森林)を相手にしているのだから
量子(樹木)にこだわるなどまだまだ半人前だ
などと言ったら、それこそ大笑いの種です。
これは メッセージ 137074 (xiaorenfanshi さん)への返信です.
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