Re: コピーは案外複雑
投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2007/05/15 08:12 投稿番号: [136872 / 196466]
「日本人だってコピーしてきたじゃないか」という話があります。
たしかに日本人は自動車を発明したわけでもアニメーションを発明したわけでもありません。
しかし、日本車は日本車でありアニメはやはりアニメであって、そこには「こだわり」があり「独特のオリジナリティ」があります。
日本には「技は模倣から入る」ということわざがありますが、元来「何を真似てきたのか」と言えばそれは「自然界」です。
「自然界の様々なメカニズム」を観察し応用してきたのが「文化文明」であって、それは「デッドコピー」ではなく「発展の第一段階」ということです。
日本にはじめて銃が入ってきたとき、種子島の鍛冶屋は迷うことなく銃を「自分の手で再現しよう」と試みました。何も銃の知識をもたない日本人にできたのだから世界中の鍛冶屋で同じ行動が起きるはずですが日本だけでそれが起きました。
(ちなみに、たった二挺の銃が数十年で「世界最大の銃大国」となったのに日本が統一されると銃を手放して「刀社会」に戻りました。この「分別」も賞賛に値すると思います)
日本車の品質へのこだわりは、「オーバスペックだ」と病的にさえ見られていましたが、砂漠や寒冷地で「エンストしたら命に関わる」ような場所では特に「日本車への信頼度」は抜群です。
日本の「アニメ」にしても、「ただ売って儲けたい」からというより、そのこだわりは「自分の内なるもの」の表現媒体であり、その上でお金がもらえると言う意識の方がもともとは強いと思います。
そして、それらの根本には日本人が無意識のうちに持っている「あらゆるものに神が宿る」というある種の宗教観があると思います。
かたや、「手っ取り早く儲けたい」と思う人間が「まがい物」をつくり「平気で人に売りつける」わけで、それが報道されているような「チャイニーズの姿」だと思います。
これは メッセージ 136869 (fumittiposupemomo さん)への返信です.
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