Re: 天皇の戦争責任はどうなったの
投稿者: pluszee 投稿日時: 2007/05/09 22:43 投稿番号: [136570 / 196466]
>75年の訪米前のインタビューでは、戦争責任について問われ「文学に疎いから質問の意味が良く分らない。」とか何とか言って、質問をはぐらかした事もありました。
1975年の時点で天皇の頭の中では自分の戦争責任逃れの正当化が十分に出来ていたのでしょう<
昭和50年10月31日、ロンドン・タイムズの日本人記者の質問だと思います。
これは事前に提出のない、不意の関連質問でした。
記者:「ホワイトハウスにおける『私が深く悲しみとするあの不幸な戦争』というご発言がございましたが、このことは、陛下が開戦を含めて、戦争そのものに対して責任を感じておられるという意味と解してよろしゅうございますか。 また、いわゆる戦争責任について、どのようにお考えになっておられるかお伺いいたします」
天皇:「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないので、よく分かりませんから、そういう問題については、お答えが出来かねます」
戦争責任逃れのため質問をはぐらかしたとのご指摘ですが、これについては山本七平の「裕仁天皇の昭和史」に次の記述があります。
この言葉をどう解すべきなのか。 当時の記録を探しても、不思議にこの「お言葉」への批判・批評といったものは見当たらない。 テレビを見ていた人の印象では、とうてい、当意即妙、巧みに相手の質問をかわしたという気はしなかったという。 そうであろう、天皇は子どものときから決して器用ではない。 そしてこの返事も、実にまじめに答えておられる。 また図工や作文は下手で、文学青年であったことはなく、文学方面はあまり「研究もしていない」のも事実。 さらに、文章は常に「科学の論文」のような正確さを要求され、条理に合わねばなかなか裁可が得られなかったことも事実、またこの質問の「戦争責任」という言葉も定義が確かではない。
・・・・・
では「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないので・・・・」は、どう解すべきなのか。 この「言葉のアヤ」とは、相手の質問について言っているように思われる。 だがそう読むと意味が通じなくなる。 天皇は意味不明瞭で相手をごまかすことはされたことがない。 それを考えると、これは問答で、相手は「・・・・どのように考えておられるかお伺いします」と聞いているのだから、「お答えしたいが、それを答え得るそういう言葉のアヤについては・・・・」の意味であろう。 これならば天皇が何を言おうとしたかは分かる。
以上抜粋おわり。
1975年の時点で天皇の頭の中では自分の戦争責任逃れの正当化が十分に出来ていた、というような議論は左翼、サヨクの持論のようですが、これを採用するには無理がある、と思います。
かつて本島市長は、「戦争は『天皇の御ために』と実践し、天皇もまたそれを知っているはず、たから天皇はその責任を自覚してほしい」と言いました。 これは、津田博士が「建国の事情と万世一系の思想」(1946)で表現した、「自然のなりゆき」であり、踏みにじることのできぬ感情の問題で、政治からはかけ離れた位置にある、と考えるのが妥当と存じます。
昭和50年10月31日、ロンドン・タイムズの日本人記者の質問だと思います。
これは事前に提出のない、不意の関連質問でした。
記者:「ホワイトハウスにおける『私が深く悲しみとするあの不幸な戦争』というご発言がございましたが、このことは、陛下が開戦を含めて、戦争そのものに対して責任を感じておられるという意味と解してよろしゅうございますか。 また、いわゆる戦争責任について、どのようにお考えになっておられるかお伺いいたします」
天皇:「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないので、よく分かりませんから、そういう問題については、お答えが出来かねます」
戦争責任逃れのため質問をはぐらかしたとのご指摘ですが、これについては山本七平の「裕仁天皇の昭和史」に次の記述があります。
この言葉をどう解すべきなのか。 当時の記録を探しても、不思議にこの「お言葉」への批判・批評といったものは見当たらない。 テレビを見ていた人の印象では、とうてい、当意即妙、巧みに相手の質問をかわしたという気はしなかったという。 そうであろう、天皇は子どものときから決して器用ではない。 そしてこの返事も、実にまじめに答えておられる。 また図工や作文は下手で、文学青年であったことはなく、文学方面はあまり「研究もしていない」のも事実。 さらに、文章は常に「科学の論文」のような正確さを要求され、条理に合わねばなかなか裁可が得られなかったことも事実、またこの質問の「戦争責任」という言葉も定義が確かではない。
・・・・・
では「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないので・・・・」は、どう解すべきなのか。 この「言葉のアヤ」とは、相手の質問について言っているように思われる。 だがそう読むと意味が通じなくなる。 天皇は意味不明瞭で相手をごまかすことはされたことがない。 それを考えると、これは問答で、相手は「・・・・どのように考えておられるかお伺いします」と聞いているのだから、「お答えしたいが、それを答え得るそういう言葉のアヤについては・・・・」の意味であろう。 これならば天皇が何を言おうとしたかは分かる。
以上抜粋おわり。
1975年の時点で天皇の頭の中では自分の戦争責任逃れの正当化が十分に出来ていた、というような議論は左翼、サヨクの持論のようですが、これを採用するには無理がある、と思います。
かつて本島市長は、「戦争は『天皇の御ために』と実践し、天皇もまたそれを知っているはず、たから天皇はその責任を自覚してほしい」と言いました。 これは、津田博士が「建国の事情と万世一系の思想」(1946)で表現した、「自然のなりゆき」であり、踏みにじることのできぬ感情の問題で、政治からはかけ離れた位置にある、と考えるのが妥当と存じます。
これは メッセージ 136474 (mochihada2 さん)への返信です.
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