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本筋の話

投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2007/05/05 22:54 投稿番号: [136321 / 196466]
>中国共産党と人民解放軍でなく、中国政府は中国の民主化を望んどった。
趙紫陽、胡耀邦体制は訒小平の本筋やった。
胡錦濤、温家宝体制はその本筋を継承しとる。<

経済の改革開放が始まってから、まだ10年にもならない前世紀90年の頃、譬(たと)えて言うなら、離陸直前の飛行機が滑走路を全力で驀進(ばくしん)しているような時期、中国ではまだ政治改革(民主化)の余裕はなかつた。

当時、ソ連は国の経済が安定しないまま、ゴルバチョフが政治改革を断行してしまったからソビエト連邦は崩壊してしまい、国民経済はボロボロになってしまった。
中国は政治の混乱を何より恐れていた。

政治改革、民主化を訴えて学生たちが天安門広場に座り込む。
訒小平は、中国において民主化は時期尚早だと考えており、そんなことをしたら中国の全体が大混乱になって国が潰れると判断したのだろう。

胡耀邦も趙紫陽・・つまり中国政府の首脳は学生たちの気持ちがよく分かっていた。多分、訒小平もわかっていたが、それはできない相談であり、苦渋の決断をして学生たちを排除した。

人民解放軍(軍)、中国共産党(党)、それに中国政府(政府)が一体にならなければ政治改革(民主化)なんかできるものではない。
胡耀邦にも趙紫陽にもその力はなかった。
だから訒小平は彼らを切り捨てざるを得なかった。

最後の段階で、趙紫陽は天安門広場の学生たちの前に出てきて、涙ながらに政府の非力を謝った。
あの時、温家宝は趙紫陽と一緒に広場に来ていたのだ。
あの時、あの場面で、温家宝は何を思っていたのだろう?

http://www.h2.dion.ne.jp/~mogiseka/article/050128zhaoziyang_dead.html

訒小平も趙紫陽を憎んだのではあるまい。今は時期尚早でも、何時の日か、政治改革を断行する時も来るだろうと考えていたに違いない。
だから、趙紫陽が切られても温家宝は政府に残って今に至っている。
これ、すなわち、訒小平が彼に中国の将来を託したと言うべきか。
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