カーゴカルトな人々
投稿者: palmereldritch608 投稿日時: 2007/05/04 14:57 投稿番号: [136246 / 196466]
知っている人も多いと思うが、18世紀後半から19世紀中頃、植民地化に伴う文化の変容が急速に進んだメラニシア各地で、奇妙な信仰が大流行した。白人によって「カーゴカルト」と名付けられたこの信仰だが、その内容は、ある日、死んだ祖先や親族、仲間たちが、海の向こうから大量の富(カーゴ)を汽船(後に飛行機になる)に積んで帰って来るというものであった。
近代の物質文明と接触したために、歪んでしまった未開社会の姿が痛々しくもあるが、注目すべきは、彼らが、白人たちが享受している富は、本来は自分たちが汽船や飛行機に乗った祖先から受け取るべきものであり、それを白人たちに横取りされているのだと観念している点である。
彼らは、白人が港や飛行場を使って祖先の汽船や飛行機をおびき寄せているのだと確信し、自らも港や飛行場のようなものを作って、いつ来るとも知れぬ祖先の汽船や飛行機をあてどもなく待ち続けたのだ。
この事例について、まず重要と思われるのは、白人社会との圧倒的な富の格差を、彼らが彼らなりのやり方で“合理的”に説明しようとしている点である。
さらに重要なのは、彼らが白人たちの富は本来は自分たちのものだと考えているのだとすれば、彼らは自分たちの文化が、こと物質文明という点においては、生産的合理性やあるいは勤勉という点で、白人のそれよりも劣るのだということを理解してはいないという点であり、彼らが自分たちの文化をいささかも相対化していないという事実である。
もちろん私は何も彼らに相対化を迫っているのではないし、ましてや責めているのでもない。他所からやって来たのは白人たちのほうであり彼らではない以上、彼らには自分たちの固有の文化を守る権利がある。
ただ、問題なのは、自らの属する文化を相対化できぬ、あるいは相対化する勇気が持てぬ人間が、自ら住む社会よりも富める社会に出会うとき、「この富は本来は自分たちのものだ」というカーゴカルトに類似した錯視は誰にでも生じる可能性があるという点だ。
今日、反日的という意味で、在日朝鮮人、支那人の反日性は本国の朝鮮人、支那人以上と思われる。なぜ日本に在住する、朝鮮人、支那人はこのように反日的になるのだろうか?日本が外国人にとって住みにくいからだと言うかもしれないが、私の知る限り、一般に欧米人はそのようには言っていない。だとすれば、彼らが反日化する原因は別のところに求められなければならない。
先のカーゴカルトの事例から透けて見えるのは、彼らが日本と故国との圧倒的な繁栄の差を目の当たりにし、本来なら自らが属する社会や文化の相対化によって説明しなければならない日本の現実を“彼らなりのやり方”で合理的に説明しようとしているという事実だ。
自らを相対化することが出来ず、日本の富の由来を合理的に説明しようとすれば、「この富は本来は自分たちのものであり、日本人は我々からこれを盗んだのだ」と、先のメラニしア住民と同様の結論にいたるはずであり、この「盗み」こそ彼らの主張するこの国の歴史問題であり、戦争責任問題なのだ。だからこそ、彼らは本国にいるとき以上に、歴史問題や戦争責任問題を声高に訴えるのである。
現在、彼らがこのように自覚しているかどうかは問題ではない。しかし、もし彼らが自らを相対化することなく、自国と日本との圧倒的な格差を合理的に説明しようとするなら、1+1が2になるのと同様、後は自動的思考だ。自覚せずとも彼らにそう考える以外の自由はない。
この事実は、このまま行けば、後には彼らは必ずや暴徒化、集団強盗化しかねないという事実を暗示している。彼らはかつてメラニシアに住んでいた、純朴な民などでは決してないのだ。本来自分のものであったはずの富を、奪回するためには大抵のことはやるだろう。
我々にその準備はあるだろうか?
近代の物質文明と接触したために、歪んでしまった未開社会の姿が痛々しくもあるが、注目すべきは、彼らが、白人たちが享受している富は、本来は自分たちが汽船や飛行機に乗った祖先から受け取るべきものであり、それを白人たちに横取りされているのだと観念している点である。
彼らは、白人が港や飛行場を使って祖先の汽船や飛行機をおびき寄せているのだと確信し、自らも港や飛行場のようなものを作って、いつ来るとも知れぬ祖先の汽船や飛行機をあてどもなく待ち続けたのだ。
この事例について、まず重要と思われるのは、白人社会との圧倒的な富の格差を、彼らが彼らなりのやり方で“合理的”に説明しようとしている点である。
さらに重要なのは、彼らが白人たちの富は本来は自分たちのものだと考えているのだとすれば、彼らは自分たちの文化が、こと物質文明という点においては、生産的合理性やあるいは勤勉という点で、白人のそれよりも劣るのだということを理解してはいないという点であり、彼らが自分たちの文化をいささかも相対化していないという事実である。
もちろん私は何も彼らに相対化を迫っているのではないし、ましてや責めているのでもない。他所からやって来たのは白人たちのほうであり彼らではない以上、彼らには自分たちの固有の文化を守る権利がある。
ただ、問題なのは、自らの属する文化を相対化できぬ、あるいは相対化する勇気が持てぬ人間が、自ら住む社会よりも富める社会に出会うとき、「この富は本来は自分たちのものだ」というカーゴカルトに類似した錯視は誰にでも生じる可能性があるという点だ。
今日、反日的という意味で、在日朝鮮人、支那人の反日性は本国の朝鮮人、支那人以上と思われる。なぜ日本に在住する、朝鮮人、支那人はこのように反日的になるのだろうか?日本が外国人にとって住みにくいからだと言うかもしれないが、私の知る限り、一般に欧米人はそのようには言っていない。だとすれば、彼らが反日化する原因は別のところに求められなければならない。
先のカーゴカルトの事例から透けて見えるのは、彼らが日本と故国との圧倒的な繁栄の差を目の当たりにし、本来なら自らが属する社会や文化の相対化によって説明しなければならない日本の現実を“彼らなりのやり方”で合理的に説明しようとしているという事実だ。
自らを相対化することが出来ず、日本の富の由来を合理的に説明しようとすれば、「この富は本来は自分たちのものであり、日本人は我々からこれを盗んだのだ」と、先のメラニしア住民と同様の結論にいたるはずであり、この「盗み」こそ彼らの主張するこの国の歴史問題であり、戦争責任問題なのだ。だからこそ、彼らは本国にいるとき以上に、歴史問題や戦争責任問題を声高に訴えるのである。
現在、彼らがこのように自覚しているかどうかは問題ではない。しかし、もし彼らが自らを相対化することなく、自国と日本との圧倒的な格差を合理的に説明しようとするなら、1+1が2になるのと同様、後は自動的思考だ。自覚せずとも彼らにそう考える以外の自由はない。
この事実は、このまま行けば、後には彼らは必ずや暴徒化、集団強盗化しかねないという事実を暗示している。彼らはかつてメラニシアに住んでいた、純朴な民などでは決してないのだ。本来自分のものであったはずの富を、奪回するためには大抵のことはやるだろう。
我々にその準備はあるだろうか?
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