米軍のため開設した日本のRAA慰安所
投稿者: tokyo_made_otearai_benki 投稿日時: 2007/05/02 13:51 投稿番号: [136114 / 196466]
特殊慰安施設協会 (とくしゅいあんしせつきょうかい, RAA: Recreation and Amusement Association
直訳で「レクリエーション及び娯楽協会」) は、第二次大戦後、日本に作られた進駐軍(正確には占領軍)兵士向けの慰安所である。 内務省が「外国軍駐屯地における慰安施設に関する内務省警保局長通牒」を各県に発令し、これを端緒として、占領軍対策の一環として設立された。
発想としては戦時中の慰安婦施設と同様のものだが、慰安婦のように仲介業者を通さず、「性の防波堤」というスローガンの公募に応じてきた一般女性たちが集められた。当初は水商売の者を雇う予定であったが思うように集まらず、「新日本女性求む、宿舎、衣服、食料すべて支給」などの文言をもって銀座などに広告板を設置し、また新聞広告で一般女性を募った。内容の詳細は広告に記載されておらず、これを見てやってきた女性の多くは水商売の経験のないもので、大半は仕事の中味を聞いて去っていった。しかし他に生活の術の無い戦争未亡人や子女が多かった時代背景もあり、最終的には短期間で1,300人あまりの女性が協会に登録した。騙されたまま抗拒できず就業にいたった女性も少なくない。
1946年にエリナ・ルーズベルトの反対と性病の蔓延を理由として廃止されたが、女性たちには何の補償もなく、多くは水商売等に進んだと見られている。
慰安施設にいた女性達は「アメパン」(アメリカ相手のパンパン(売春婦))と呼ばれた。
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米軍の大挙進駐を前にあわてふためいた、「良家の子女」を守るため、米軍兵士用に「性の防波堤」をという思いつきで有力業者を集めて結成されたのが「特殊慰安施設協会」(RAA)である。大蔵省に頼んで3000万円の緊急融資を受け、米軍第一陣が到着する前日の1945年8月27日、大森の小町園に第一号が誕生、新聞の募集広告で1360m人が集まった。
8月16日付で、警保局長から全国の警察部長へ流された通牒をみると“この種の「性的慰安施設」にふさわしい女性は「芸妓・公私娼・女給・酌婦・常習密売淫犯者等」とあるが、戦争未亡人や恋人を戦死させた素人女性もどっと押し寄せた。
これは メッセージ 136090 (nao759kyon さん)への返信です.
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