従軍慰安婦
投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2007/04/07 03:08 投稿番号: [134730 / 196466]
慰安婦の問題は、日本人の想像を超えて、ひどい事になってしまった。
これで、日本人も身にしみて、よ〜く分かった。
世の中に、事実は2種類あるのだと云うこと。
1つは「そうである」と云う事実。そして、もう1つは(他から)「そう思われている」と云う事実。
つまり、事実には「自分自身の事実」と「他人の目から見た事実」の2種類があるのである。
そして、その双方とも無視してかかることはできないのだ。
確かに、歴史的事実として、その時代に「従軍慰安婦」と云う言葉はなかった。
慰安婦は存在し、従軍していたのも確かだが、当時「従軍慰安婦」と云う言葉はなかった。
ある者は言う。「従軍慰安婦」の言葉がないのだから、慰安婦について軍の関与はなかったのだ・・と。
だが、これは歴史解釈の問題であり、私の解釈で語るなら・・だ。
公娼制度があり、慰安婦の存在が不自然でもなかった、あの時代においてさえ、皇軍将兵の下半身が慰安婦のお世話になり、その女性たちを引き連れて(従軍させて)戦地に赴(おもむ)いていたと公言するのは、やはり名誉なことではなかったのだ。
たとえ公然の事実でも、そんな下半身のことなんか、できれば「なかったこと」にしておきたい、そんな意識が先行すればこそ、当時においても「従軍慰安婦」などの言葉が生まれなかっただけのこと。
事実は、慰安婦も従軍して軍のお世話になっていたのだ。
軍の手配なくして戦地で商売ができようか?
包み隠せば、ますます見えてくるのだ。
「従軍慰安婦」はなかった。その言葉がなかったのだから「慰安婦」もなかったし、軍と関係なく勝手に商売していただけ・・などと、ごまかそうとするから世界から指弾されてしまう。
苦労して戦地からもどった夫に妻が言う。
「久しぶりですよねえ・・さぞかし、ご不自由なさったことでしょうね・・」
夫は答える
「いやあ・・慰安所があったからねえ、少しも困ることはなかったよ」
こらっ、とぼけるでねえ。こんな会話があったはずだぞ。
あったことをなかったように、ごまかすから問題が大きくなるのだ。
これで、日本人も身にしみて、よ〜く分かった。
世の中に、事実は2種類あるのだと云うこと。
1つは「そうである」と云う事実。そして、もう1つは(他から)「そう思われている」と云う事実。
つまり、事実には「自分自身の事実」と「他人の目から見た事実」の2種類があるのである。
そして、その双方とも無視してかかることはできないのだ。
確かに、歴史的事実として、その時代に「従軍慰安婦」と云う言葉はなかった。
慰安婦は存在し、従軍していたのも確かだが、当時「従軍慰安婦」と云う言葉はなかった。
ある者は言う。「従軍慰安婦」の言葉がないのだから、慰安婦について軍の関与はなかったのだ・・と。
だが、これは歴史解釈の問題であり、私の解釈で語るなら・・だ。
公娼制度があり、慰安婦の存在が不自然でもなかった、あの時代においてさえ、皇軍将兵の下半身が慰安婦のお世話になり、その女性たちを引き連れて(従軍させて)戦地に赴(おもむ)いていたと公言するのは、やはり名誉なことではなかったのだ。
たとえ公然の事実でも、そんな下半身のことなんか、できれば「なかったこと」にしておきたい、そんな意識が先行すればこそ、当時においても「従軍慰安婦」などの言葉が生まれなかっただけのこと。
事実は、慰安婦も従軍して軍のお世話になっていたのだ。
軍の手配なくして戦地で商売ができようか?
包み隠せば、ますます見えてくるのだ。
「従軍慰安婦」はなかった。その言葉がなかったのだから「慰安婦」もなかったし、軍と関係なく勝手に商売していただけ・・などと、ごまかそうとするから世界から指弾されてしまう。
苦労して戦地からもどった夫に妻が言う。
「久しぶりですよねえ・・さぞかし、ご不自由なさったことでしょうね・・」
夫は答える
「いやあ・・慰安所があったからねえ、少しも困ることはなかったよ」
こらっ、とぼけるでねえ。こんな会話があったはずだぞ。
あったことをなかったように、ごまかすから問題が大きくなるのだ。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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