支那禁圧問答集
投稿者: palmereldritch608 投稿日時: 2007/03/03 18:48 投稿番号: [132811 / 196466]
確か、フィリップ・ロスの小説だったと記憶しているが、プロ野球選手になったからには、何か気の利いたニックネームがなければと考え、次から次に自分のニックネームを思いついては、「こんなのはどう?」と聞いて回る若いプロ野球選手の話がある。彼の案はどれも周囲には入れられず、結局、いつもニックネームの話しばかりしている彼につけられたニックネームは、「ニックネーム」というニックネームであった。彼は泣いて抗議するのだが、名とはそれを呼ぶ人のものだ、という現実を思い知らされる話である。
支那呼称問題とは、結局、名とは誰のものか?という問題に帰着せざるを得ない。この問題に答えない限り、禁圧派も解放派もなんら説得力を有し得ないだろう。とりわけ、禁圧派はこの問題にまったく無自覚に論を進めているように見える。彼らの批判のすべてが、今のところ笑うべき愚論の息を一歩も出ていないのは、その何よりの表れといえよう。
「支那」禁圧問答集をより充実させるためにも、もっとましな反論を期待する私です。
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