「歴史」の意味するもの
投稿者: palmereldritch608 投稿日時: 2007/02/21 03:06 投稿番号: [131942 / 196466]
「すべての歴史は現代史である」とは誰の言葉であったかは忘れたが、確かに真理だろう。
当たり前の話だが、歴史とは過去の膨大な事実から、現代人に関係するものを選択、再構成したフィクションである。かくして、いかなる歴史もいやおうなく、現代人のイデオロギーの影響下にあるのだ。
また、事実の選択基準が現代人のイデオロギーにある以上、それはある程度、共有されたイデオロギーであらねばならない。したがって、歴史とはたとえどこまで拡張しようとも、イデオロギーを共有した国民の歴史であり、国史の域を出ることなど原理上あり得ず、また、ことの始まりから強い政治性を持っている。
逆に言うなら、もし、かかる事実の認識を欠いて、歴史を創造するのなら、我々はどんな奔放な歴史でも創造しうるし、大概の場合、それは歴史を共有する国民や一族のナルシズムを極端に鼓舞するものとなってしまう筈だ。成立した支那や朝鮮の王朝あるいは政府が、歴史をあまりに都合よく改竄する事実を目の当たりにし、我々日本人は時に驚き、時に嫌悪すら催すが、我々とて、古事記、日本書紀といった、天皇制に関する「歴史」を持っていることを忘れてはならない。ただ、それ以後、日本においては歴史の「創造」なるものは、ごく小規模にしかなされてはこなかったというだけである。また、支那人や朝鮮人の「歴史」に驚き嫌悪する、我々の歴史的感受性の根底に、天皇制の刻印が押されていることは、重大な事実として認識されるべきである。
しかし、そうは言っても、万世一系なる幻想に基づいて、少なくとも天皇制以後に関しては、歴史や時間を連続的で、修正、改竄不能とする我々の歴史観と、断続的で、いつでも恣意的に修正、改竄しうるとする支那人や朝鮮人の「歴史」とには、大きな隔たりがあるといわざるを得ない。かく言う私も、このトピで支那人とおぼしき女性から、歴史を勉強しろ、と言われたことがあり、彼女の言う「歴史」とやらに、非常に強い違和感を覚えた経験があるからだ。言うまでもなく、彼女の言う「歴史」とは、支那人のナルシズムの「歴史」なのである。そして、私が少なからず驚き呆れたのは、彼女がまったくの善意で、彼ら支那人の手によって、あれほど容易に改竄された「歴史」を、世界にまで拡張されるべきだと、信じているという点なのだろう。
かつて、イギリスは、世界に所有していた植民地に、グリニッジ標準時を持ち込み、それを土人に押し付けたという、考えがたい事実があるが、支配の押し付けとは、まさに「時間」の押し付けだったのだ。支那人が、悪意なく自らの「歴史」を、我々に押し付けようとするとき、彼らの悪意ない望みがいったい何を意味しているのか、我々は気付かなければならない。
当たり前の話だが、歴史とは過去の膨大な事実から、現代人に関係するものを選択、再構成したフィクションである。かくして、いかなる歴史もいやおうなく、現代人のイデオロギーの影響下にあるのだ。
また、事実の選択基準が現代人のイデオロギーにある以上、それはある程度、共有されたイデオロギーであらねばならない。したがって、歴史とはたとえどこまで拡張しようとも、イデオロギーを共有した国民の歴史であり、国史の域を出ることなど原理上あり得ず、また、ことの始まりから強い政治性を持っている。
逆に言うなら、もし、かかる事実の認識を欠いて、歴史を創造するのなら、我々はどんな奔放な歴史でも創造しうるし、大概の場合、それは歴史を共有する国民や一族のナルシズムを極端に鼓舞するものとなってしまう筈だ。成立した支那や朝鮮の王朝あるいは政府が、歴史をあまりに都合よく改竄する事実を目の当たりにし、我々日本人は時に驚き、時に嫌悪すら催すが、我々とて、古事記、日本書紀といった、天皇制に関する「歴史」を持っていることを忘れてはならない。ただ、それ以後、日本においては歴史の「創造」なるものは、ごく小規模にしかなされてはこなかったというだけである。また、支那人や朝鮮人の「歴史」に驚き嫌悪する、我々の歴史的感受性の根底に、天皇制の刻印が押されていることは、重大な事実として認識されるべきである。
しかし、そうは言っても、万世一系なる幻想に基づいて、少なくとも天皇制以後に関しては、歴史や時間を連続的で、修正、改竄不能とする我々の歴史観と、断続的で、いつでも恣意的に修正、改竄しうるとする支那人や朝鮮人の「歴史」とには、大きな隔たりがあるといわざるを得ない。かく言う私も、このトピで支那人とおぼしき女性から、歴史を勉強しろ、と言われたことがあり、彼女の言う「歴史」とやらに、非常に強い違和感を覚えた経験があるからだ。言うまでもなく、彼女の言う「歴史」とは、支那人のナルシズムの「歴史」なのである。そして、私が少なからず驚き呆れたのは、彼女がまったくの善意で、彼ら支那人の手によって、あれほど容易に改竄された「歴史」を、世界にまで拡張されるべきだと、信じているという点なのだろう。
かつて、イギリスは、世界に所有していた植民地に、グリニッジ標準時を持ち込み、それを土人に押し付けたという、考えがたい事実があるが、支配の押し付けとは、まさに「時間」の押し付けだったのだ。支那人が、悪意なく自らの「歴史」を、我々に押し付けようとするとき、彼らの悪意ない望みがいったい何を意味しているのか、我々は気付かなければならない。
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