1871年(明治4年)日清修好条規
投稿者: asia1867 投稿日時: 2007/02/18 00:18 投稿番号: [131784 / 196466]
朝鮮に謀れた結果
1895年(明治4年)日清両国講和条約。
それもこれも、朝鮮に対する宗主国としての責任逃れの結果。
清、支那国民政府、中共と権力が交代して、100年たっても、変わらない。
今回も、謀れた。
朝鮮に謀れ、英米独仏露に謀れた歴史を教訓とせずに。
華夷秩序という歪んだ価値観のせいなのか。
満州国の軍事力を手にした中共、南京政府を漢奸として処分した国府。
その後、国府は英米の支援を打ち切られ、台湾へ。
英米を抜きにした大東亜共栄圏構想。
日本の敗戦で破綻。
東亜細亜共同体構想は、どうなるやら。
そういえば、支那政府に対する西原借款、ものの見事に踏み倒された。
今度も、踏み倒しするのかな。
日清戦争後、多くの留学生を受け入れたが、大東亜戦争後、漢奸として国府や中共に処刑された。
今は、留学名目の犯罪者を受け入れている。
日本は、不思議な国だ。
未だに、「人もよし、我もよし」と亜細亜主義の幻想に浸っている。
支那や朝鮮だけが、亜細亜でもあるまいに。
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