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Re: 大人とは?

投稿者: palmereldritch608 投稿日時: 2007/02/11 14:45 投稿番号: [131381 / 196466]
お返事ありがとうございます。

夢・・・ねぇ。確かに、昨今「夢」という言葉が氾濫しており、前々から私も不気味に思っておりました。確か、みかんにまで「夢」がついていましたよねぇ。「夢みかん」とか(笑)。
  私の子供のころは"立派な人になりなさい"と言われたものです。立身出世しろ、と言っているのではないのですよ。真人間になりなさい。という意味です。「真人間」から「夢」へのシフトチェンジの背景には、共同体と自我という問題が透けて見えていますね。

孫引きですが、柳田國男は、教育とは平凡への強制である。と言っているはずです。子供を共同体の慣習に沿わせることが、教育なのです。たいていの人間にとっては、共同体に埋没して生きていった方が幸せに決まっているからです。
 
もちろん、どんな時代にも、共同体から逸脱する人間は出てきます。どんなに平凡を強制されても平凡になれない人間はいるでしょう。預言者故郷に入れられず、などという言葉もあるくらいですから。しかし、社会があえてそんな人間をわざわざ作り出してやる必要などありませんよね。そんな人間はごく少数いればいいはずですし、確かに、ニーチェもアインシュタインも一人いればそれで十分なのです。
 
私の知る某幼稚園の送迎バスの横には「子供はみな天才」などと書かれています(笑)。私はぞっとしましたね。こんな言葉を信じ込んでいる親たちは、もしアインシュタインが相対性理論を考え付かなかった場合、どうなったのか?と子供の将来を心配したことがあるんですかねぇ。まだしも物理学者志望は物理の教師にはなれるでしょう。しかし、これが現代巷に氾濫しているおびただしい芸術家志望となると、おそらくなーんにもなれないんじゃないでしょうか。無残ですねぇ。
 
  私のイメージですが、人格とは樽のような構造をしているのではないでしょうか?樽はいくつかの木板から出来ています。木板を束ねているのはタガですよね。タガが外れると、樽はバラバラになってしまいます。教育とは子供のバラバラの人格に、タガをはめることでしょう。勿論タガの規格は各共同体によって決まっています。タガをはめるのは家族や国家といった共同体の役割なのです。

  ところが、個人にタガをはめる共同体にもまた、タガがはまっている必要があるのです。国家のタガとは外政であり、潜在的にせよ顕在的にせよ、確かにあるはずの諸外国との緊張です。
  太宰治という作家がいます。私に言わせると、太宰の生涯の叫びとは「誰か私にタガをはめてくれ!」というものです。しかし、そんな太宰にも一時タガがはまった時期があります。「竹青」「走れメロス」といった明るく健全な作品を連発した時期ですが、これって戦争中なんですよ。戦時の困窮や統制が、彼にタガをはめてしまったんです。また、戦争中はどこの国でも、神経症患者が激減すると言われているのも、これと同根の問題でしょう。

つまり、外的緊張という国家のタガと、個人のタガは連動しているのです。そう考えた場合、憲法九条と現代日本人の幼児化や、貴方が直面しておられる自己実現幻想が、一繋がりの問題であることが分かるはずです。
  某nihao氏などは、国家・国民の正当な権利も支那人に譲ってしまえと、国家のタガを外すことに、たいへん熱心な方ですが、現代の若者の幼児化には批判的なようです(笑)。いったい何を考えているんですかねぇ?犯人はお前だろって(笑)。

  国家のタガが緩んでいる現在、教育の現場にいる方は本当に大変でしょう。別段「夢なんか捨てろ」と言う必要はないと思いますよ。「夢を持て」などという嘘をつかないだけで十分じゃないでしょうか?
素人考えでスミマセヌ。
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