Re: 幼稚のおバカ 横
投稿者: kitaguninosaru1 投稿日時: 2007/02/09 15:26 投稿番号: [131248 / 196466]
横ですが、日本語の理解と諺に見る人生の智慧の両観点から「ブーハオ」こと「ニーハオ殿」の話を見てみたい。
①現場に立ってるから現場が一番見えてるのか?違うだろう。見えてるつもりの錯覚だろう。
↑
現場に立っている(進行形)人が現場が一番見えるとは限らない。
「傍観者清
当局者迷」=傍観者はよく見えるが、当事者はよく見えない
実によくあること。
②現場の第一線に立ったこともない、お前ごときが、私に教えてくれようとは・・・
↑
上記進行形の「立っている」に対してここの「立った」は過去形。
経験がないということ。
物事をよく理解するためには常に「現場に立つ」必要はないが、
せめて「現場に立った」経験ぐらいは欲しいものです。
でないと、「畳の上の水練
机上の空論」と言われかねます。
経験した上で、離れたところから違った角度・視点を以って見れば、
物事がよく見えることは実に良くありますね。
また、「現場に立ったこと」がなくても、物事がよく分かる人もいる可能性は否定できません。
しかし、
「お前ごとき」では、(現場に立ったことがなければ)それは無理だ
とも理解出来るでしょう。
よって、私はまったく矛盾を感じません。
>弁明してみたら?
↑
「情けは人のためならず」
ブーハオからやさしく説明して欲しいですね。
と言いながら
「豚に真珠」「猫に小判」となってはいけませんが・・・
それにしても
「とかちゃんと鋏は使いよう」と言いながら、
「バーカにつける薬はない」とも言う日本文化は「矛盾」していますね。。。
ただし、この「矛盾」は単なる私の「錯覚」の可能性もあり、
とても日本人に対して「弁明してみたら?」とは言えません。
これは メッセージ 131216 (relrel_hash18 さん)への返信です.
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