Re: 聡明な民族と言えば
投稿者: palmereldritch608 投稿日時: 2007/01/22 22:23 投稿番号: [129692 / 196466]
知的能力に関して言えば、もちろん民族に生得的な優劣はありません。けっきょく、民族の持つ気質や、形作る社会によるということだと思います。しかし、それが民族の優劣なのだと私は思います。そういう意味でノーベル賞は一応の基準にはなっているのではないでしょうか。
以前、朝鮮民族のメンタリティーに関して考察したことがありますが、大まかに言って、彼らのメンタリティーの特質は、原因から結果へのやみくもな直線運動、というものでした。彼らにとって、仕事は、その結果としての銭儲けや昇進の手段に過ぎないのです。
日本人にとっても、そういう一面はあるでしょうが、そこだけに仕事を還元することには抵抗があるはずです。日本人にとって仕事とは、その熟達を目的とするという一面を無視できないからです。つまり、日本人にとって、仕事は価値概念である以上に、分析概念ですよね。
学術研究も同じではないでしょうか。プロセスを無視することなど絶対に出来ないはずですし、むしろ研究のプロセスを楽しむことが出来ないようでは、まともな学者とはいえないでしょう。ノーベル化学賞受賞者の田中耕一氏は島津製作所の一社員ですが、まさか、今年のボーナスを期待して研究しているわけではないはずです。朝鮮民族はそういった意味で、非常にノーベル賞を取りにくい民族なのです。
確かにノーベル賞も、政治やイデオロギーの影響を受けることは私も知っています。しかし、それを考慮しても、おしなべて受賞しやすい民族と、しにくい民族があるのも確かでしょう。拝金主義はノーベル賞から最も遠いのです。そういった見地から見て、支那人がノーベル賞を取りにくい民族であることが、異様に低い人口比に現れているのだと思います。
これは メッセージ 129678 (tokagenoheso さん)への返信です.
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