Re: 上海人racingschedule さん
投稿者: unkai98687 投稿日時: 2006/11/22 19:01 投稿番号: [126670 / 196466]
>第一、お前みたいな貧乏人と違うて、エエトコのボンボンのワシが貧困層の場所に足を運ばしてくれるわけがないけ!
大阪生まれの上海人と言うので興味を持ったが、単に口の悪い在日中国人のボンボンだったのか?少々幻滅したなァ。所詮中国人の価値観は金の高だけのようだね。日本人は、金より良寛のような生き方に魅力を感じるものだよ。
>アホ! 中国の農民たちは歴史始まって以来の豊かさを味わっとる。
この10年ほどで、中国人の一部はやっと飯がくえるようになったが、なぜ今までそれが出来なかったか考えた事はあるの?
>>それに反論する資料を貼り付けるのは楽だが、
>もう一回言うたろ!お前はホントに無知無能無意識の看板だけの見出し人間じゃの!
どうせ、かみ合わない歴史認識だから、一々資料を持ち出して論争するより、中国人とザックバランに話がしてみたかったが、相手を間違えたようだね。
中国人という概念が、漢人によって作られた幻想だという理由は、下記のとおり。清朝が中国でない例を挙げて教えるよ(駄々っ子の相手は苦手だ)。
1、当然満州人は、漢人ではない。
2、清朝は中国の外(満州)で建国された国家である。
3、清朝は中国のみを支配したわけせはない。
清朝の皇帝は、清朝を構成する五大民族に対して、それぞれ別々の資格で君臨していた。中国はそのたった一つに過ぎない。
満州人に対しては、「八旗」と呼ばれる八部族の部族長会の議長だった。モンゴル人に対しては、チンギス・ハーン以来の遊牧民の大ハーンだった。漢人に対しては、光武帝以来の皇帝の地位を引き継いで、彼らの皇帝として君臨した。チベット人に対しては、元の世祖フビライ・ハーン以来の最高の保護者。東トルキスタンに対しては、最後の遊牧帝国ジューンガルの支配権を受け継いで、オアシス都市のトルコ語を話すイスラム教徒を支配していた。
これらの五大部族は、それぞれに個別の法典を持っていた。漢人は清朝皇帝の使用人である官僚をとおして、支配されていたが、他の4つの種族には、官僚制度の管轄権は及ばず、原則として自治は認められていた。漢人が中国以外の土地に立ち入ることは、厳重に制限されていた。
漢人が科挙の試験に合格して官僚になれば中国の行政には参加できたが、辺境の統治にも、帝国の経営にも、漢人が参加することは許されなかった。漢人は清帝国の2級市民であり、中国は清朝の植民地の一つに過ぎない。
清朝の第一公用語は、もちろん満州語だった。満州語はシベリアのエヴェンキ語に近縁のトゥングース語で、モンゴル語やトルコ語に似た言葉なので、アルタイ語族の一派と考えられている。満州文字は、縦書きのモンゴル文字のアルファベットに手を加えて読みやすくしたものである。
第二公用語はモンゴル語だった。そして第三公用語が漢文だった。
以上、中国研究者・岡田英弘の著書より引用したものだが、いかに中国は一つだという中国共産党の言い分が、日本人が唱えた「五国協和」のスローガンを、中国共産党(漢民族)が都合よく捻じ曲げて、満州を侵略したのかがわかるだろう。満州皇帝溥儀は、中国を離れ故郷の土地に帰って、満州国を建国したんだよ。
だから漢民族は他の民族から嫌われているんだよ。坊や世界史は歴史は日本で習ったのかな?
漢字についてのレクチャーはまた今度!
大阪生まれの上海人と言うので興味を持ったが、単に口の悪い在日中国人のボンボンだったのか?少々幻滅したなァ。所詮中国人の価値観は金の高だけのようだね。日本人は、金より良寛のような生き方に魅力を感じるものだよ。
>アホ! 中国の農民たちは歴史始まって以来の豊かさを味わっとる。
この10年ほどで、中国人の一部はやっと飯がくえるようになったが、なぜ今までそれが出来なかったか考えた事はあるの?
>>それに反論する資料を貼り付けるのは楽だが、
>もう一回言うたろ!お前はホントに無知無能無意識の看板だけの見出し人間じゃの!
どうせ、かみ合わない歴史認識だから、一々資料を持ち出して論争するより、中国人とザックバランに話がしてみたかったが、相手を間違えたようだね。
中国人という概念が、漢人によって作られた幻想だという理由は、下記のとおり。清朝が中国でない例を挙げて教えるよ(駄々っ子の相手は苦手だ)。
1、当然満州人は、漢人ではない。
2、清朝は中国の外(満州)で建国された国家である。
3、清朝は中国のみを支配したわけせはない。
清朝の皇帝は、清朝を構成する五大民族に対して、それぞれ別々の資格で君臨していた。中国はそのたった一つに過ぎない。
満州人に対しては、「八旗」と呼ばれる八部族の部族長会の議長だった。モンゴル人に対しては、チンギス・ハーン以来の遊牧民の大ハーンだった。漢人に対しては、光武帝以来の皇帝の地位を引き継いで、彼らの皇帝として君臨した。チベット人に対しては、元の世祖フビライ・ハーン以来の最高の保護者。東トルキスタンに対しては、最後の遊牧帝国ジューンガルの支配権を受け継いで、オアシス都市のトルコ語を話すイスラム教徒を支配していた。
これらの五大部族は、それぞれに個別の法典を持っていた。漢人は清朝皇帝の使用人である官僚をとおして、支配されていたが、他の4つの種族には、官僚制度の管轄権は及ばず、原則として自治は認められていた。漢人が中国以外の土地に立ち入ることは、厳重に制限されていた。
漢人が科挙の試験に合格して官僚になれば中国の行政には参加できたが、辺境の統治にも、帝国の経営にも、漢人が参加することは許されなかった。漢人は清帝国の2級市民であり、中国は清朝の植民地の一つに過ぎない。
清朝の第一公用語は、もちろん満州語だった。満州語はシベリアのエヴェンキ語に近縁のトゥングース語で、モンゴル語やトルコ語に似た言葉なので、アルタイ語族の一派と考えられている。満州文字は、縦書きのモンゴル文字のアルファベットに手を加えて読みやすくしたものである。
第二公用語はモンゴル語だった。そして第三公用語が漢文だった。
以上、中国研究者・岡田英弘の著書より引用したものだが、いかに中国は一つだという中国共産党の言い分が、日本人が唱えた「五国協和」のスローガンを、中国共産党(漢民族)が都合よく捻じ曲げて、満州を侵略したのかがわかるだろう。満州皇帝溥儀は、中国を離れ故郷の土地に帰って、満州国を建国したんだよ。
だから漢民族は他の民族から嫌われているんだよ。坊や世界史は歴史は日本で習ったのかな?
漢字についてのレクチャーはまた今度!
これは メッセージ 126630 (racingschedule さん)への返信です.
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