あの世で孔子が泣いている
投稿者: kurumaisutanei01 投稿日時: 2006/06/09 16:15 投稿番号: [117472 / 196466]
子日、能礼譲以礼譲為国乎、何有。
不能以礼譲為国、如礼何。
孔子云う、
「礼節と譲り合いの精神を以て国を治めるならば、
国を治めるぐらい何の難しいことがあろうか。
もし国を治めるのに、礼節も譲り合いの精神も欠いていたら、
如何に制度が整っていたとしても、何ともならんものだ」と。
紀元前6世紀に孔子が、儒教の体系を作った。
紀元前3世紀には、新興の野蛮な国家『秦』による
焚書坑儒(書物を焼き捨て、儒学者を生き埋めにする)などの災いもあったが、
その後東アジアの王朝に、重要な学問となっていった。
孔子いわく『礼節も譲り合いの精神も欠いていたら』
それはもはや人間の人間たるあり方ではない。『サル』以下だ。
礼節や譲り合いの精神をはぐくむ王国を作ろうと、
孔子は東アジアに生涯をかけていた。
事実、礼節や譲り合いを知らない国は、不安定で騒乱が絶えず、
犯罪がはびこり、惨めな国にしかならない。
孔子は総理大臣かそれ以上の官位も受けたことがあり、現実でそれを知っていた。
しかし孔子も、二千五百年以上たって、
東アジアに『秦』以上に野蛮な国家が生まれるとは、思いもしなかっただろう。
『中国』という国は、それを残らず破壊しつくした。
たった70年しか歴史の無い軍事独裁国家は、
東アジアの人々の数千年の歴史をことごとく破壊しつくした。
礼節も譲り合いもない東アジアを見て、孔子は泣いていることだろう。
「自分は何のために、東アジアに『仁(まごころ)』を伝えてきたのか」と。
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