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昭和4年(1929)年 露支紛争(東支鉄道)

投稿者: sugotyon 投稿日時: 2006/06/05 00:06 投稿番号: [117064 / 196466]
1911年 辛亥革命、外蒙古は清朝より分離、自治政府を樹立

1919年 自治を撤廃し張作霖の支配下に入る

1921年 活仏を元首とする君主制人民政府成立

1924年 活仏(カツブツ)の死去に伴い外蒙古人民共和国を宣言。ソ連は事実上外蒙古を保護国

1924年 奉ソ協定(東支鉄道)、ソ連の支援で黄埔軍官学校

1928年4月   張作霖は、ソ連大使館、領事館を強制捜査
  中国共産党への武器援助・モスクワからの指示・諜報活動要請を記した文章を押収、

1928年6月   張作霖、暗殺される。

1929年   露支紛争(東支鉄道)

昭和4年(1929年)
7/11   張学良、ソ連から東支鉄道を強制回収(中ソ交戦を経て12/22和議)

7/11朝刊   突如東支鉄を弾圧、支那側回収に着手す/先づ長距離電話を奪取、事態すこぶる重大

7/15朝刊   露支関係重大化す/露国最後通牒を手交/三日間の猶予期限を付して/支那に回答を迫る   −国境方面に赤軍集中、ウスリー線運行停止

7/17朝刊   露国開戦の意気込に支那政府突如軟化す/昨夜対露回答を発送

7/17夕刊   東支鉄道問題の合法的解決を希望/支那側の対露回答

7/18夕刊   露国政府支那に対し国交断絶を宣言す/駐露支那使節全部の即時退去を要求

7/20朝刊   ロシア赤衛軍突如満州里を占領す/ポクラニチナヤも陥落

7/20夕刊   不戦条約を援用して米国政府乗り出す/日英仏の賛成を経て露支両国に対し警告

7/21朝刊   漁夫の利を警戒しつつ日本の調停熱望/敏速な露軍の進出にうろたへた支那当局

7/22朝刊   日本は速かに露支の平和的解決を望む/浜口首相の非公式声明

7/23夕刊   露支折衝の機至らば日本に仲介の労を望む/けふ汪公使、外相と会見して直接談判の意向伝達

7/24夕刊   吉林軍続々到着、随所で暴行略奪/ポクラニチナヤ一帯不安募りわが領事館も厳戒

7/26夕刊   東支鉄道の露支共管を列国支那に共同要求/きのふ米国務長官から提案し関係五国大使と折合

8/3夕刊   露支直接交渉は開始の機に至らず/「浜口さんはいいですネ」蒋氏との会見記

8/15朝刊   排日運動の下火で対支貿易好転す/従来の損失も回復か

9/10朝刊   満洲里国境でも露支両軍激戦

9/18夕刊   満蒙を日本に売るべし/米紙が支那へ奇抜なる勧告、満蒙売却を中国に進言。(ニューヨークテレグラム)

9/24夕刊   国民党の左派、蒋氏討伐令を発す/内治外交の十大罪悪を掲げた討伐宣言の内容

10/6朝刊   呂煥炎軍遂に内応、反蒋運動本拠覆る/三日夜突如クーデターを断行/広西派要人を捕ふ

10/12朝刊   蒋馮の関係断絶し遂に積極行動開始/南京政府先づ機先を制して馮派討伐を発令す

11/25朝刊   ハイラル陥落す/興安嶺以西赤軍の勢力下に/支那軍算を乱し敗退

12/24朝刊   露支紛争解決す/具体的新議定案成り両代表調印を終る
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